見捨てられたアネモネ 
最愛の友よ

旧サーデルスタン国 S11地区 2045年5月17日 仏滅


 爆発。


 ランサーの航空支援が味方を巻き込む形でばらまかれていく。かつて砂漠に作られ、五年で栄華を極めたとされた国は、今や代理戦争の主戦場になっていた。八年続く戦争にかつての栄華は失われ、名前も知らない街並みは今や無機質な区分がされ、ここはS11と呼ばれていた。

「正規軍の奴、精密爆撃する気がねえのかよ」

 名も知らない誰かがぼやく。

「忘れたか? 俺達はこの国にはなんの関係もない奴らなんだぜ、助けてやる義理なんてないって思ってるんだろ」

 そうだ、彼らは周辺各国で金欲しさにとりあえず集められたごろつきどもだ。この国にとっては切り捨ててもなんら痛くもない。
 私? 私は探し物をするためにここに来た。
 会社から唯一この国の調査として派遣された私こと"ワイバーン"はあるものを探しに来たのだ。それはかつてエリュシオン社と呼ばれた今はもうない会社の社長である私すら知り得ない、この国に売り払われたある兵器のプロトタイプだ。私はそれを追っている。
 とはいえ、今はサボっている。何故って、私は戦うのが大の苦手だからだ。兄弟にお前にしか出来ない事をしろと言われなきゃとっとと殺されに行ってたさ。背負っている対物ライフルの弾を込めながら、口笛を吹く。夢をあきらめるなって感じの曲。

「あんた……この状況でよく口笛が吹けるな……」
「慣れてるからな、場数は踏んでるってわけ」

 本当は私が把握してないという状況はあってはならないのだが、実のところこの身体になるまでは精神病院を行ったり来たりする生活だったので仕方ない所もある。だから私が自らそれを追う羽目になったのだ。正直自業自得なんだけど、まあ仕方ない。で? 会社から支給されたのは対物ライフルとマグナム拳銃と一本の高周波ブレードだ。勿論全て敵であるレジスタンスの人間どもに使う武器ではない。全て過剰戦力だ。全てはそのプロトタイプを殺すために用意されたものだ。それでも全然捕まえることすらできていないのだが。
 突然視界にコートを羽織った、金髪ボブヘアーに青のメッシュが特徴的な少女が現れる。

「あ・な・た♪」

 私は目を見開き、その少女の腹を思いっきり蹴り飛ばし、周りを見渡しながら叫ぶ。

「逃げろ!!」

 その瞬間、少女は光を発しながら爆発し、逃げ遅れた奴らが巻き込まれる。私はとっさにバリアを纏って爆発の相殺を試みるが、勢いが強く足を地に付けてしまう。

「な、なんだよ今のは!!」

 傭兵の一人が叫ぶ。

「レジスタンスの新兵器、通称"アネモネ"。昔人型って呼ばれてた奴らの次世代タイプだよ」

 生き残った傭兵たちが動揺する。

「人型だって!?」
「勝てるわけがねえ、俺は逃げるぞ!」
「大体、お前の事をあなたって……お前は敵のスパイか!?」
「あー、あー、うるさいなぁ。私は調査でこっち来てるわけ、アネモネを破壊しに来たんだよ、日本からはるばるこの砂漠の国まで」

 一々説明する身にもなってほしい。
 アネモネ。自分の会社が作り上げた人型と呼ばれた兵器達をレジスタンス軍が改良した次世代型。反応速度を強化兵並に跳ね上げ、使用できる武器も強化兵並に拡張された……ここまでは良い。それに伴ってコストが爆上がりし、レジスタンスは資金提供を他国に求めそれに応えた企業や国が本当に資金提供してしまったので戦争が長引く要因になっている。優秀な技術屋がいるのは確かだ。人型は母なるものガイアの管理下にあったものは全て機能停止にしたのだが、アネモネはレジスタンスが独自に管理から外し、改良をしていたためにわざわざこの国に来ることになったのだ。八年も内紛をしているようだが、正規軍は強化兵を投入できるだけの資金がなかったのか、紛争を続けている理由は大体アネモネのせいだろう。
 私は敵に位置が割れたため、傭兵たちを置いて移動を開始する。ビルの廃墟を縫いながら、アネモネの本体を探す。
 レーダーにはなかなか引っかからない。一度逃して以降姿を現すことがほとんどなくなってしまった。しかし、レーダーに多数のアネモネの反応が現れ、即座に臨戦態勢を取る。戦場に似つかわしくない少女たちが群れでやってくる。それはみな同じ顔で、同じ声だ。

「あなた!」
「あーなーたー!」

 それしか喋れないのか。
 即座に目の前のアネモネ二体を銃で射貫き、跳躍して後ろの一体にも銃弾を当てる。マグナム弾とはいえ、装甲が無い所を狙わないと致命打には程遠い。
 着地すると残り数体に接近を許してしまい、防御態勢を取るも至近距離で爆発を食らってしまう。衝撃で吹き飛ばされ、体のあちこちの人工皮膚が焼けただれ、中の機械が露出する。

「ああもう、クソッタレ……ッ!」

 助け船が来た。装甲車がこちらに走ってくる。

「おい、大丈夫かって……お前強化兵か!? とりあえず乗れ、後方まで下がらせる!」
「いや、前線に出してくれないか? 急いでるんでね」

 私は銃痕以外爆発に巻き込まれずに綺麗に残ったアネモネの髪を掴み、装甲車に乗る。

「お前、死体なんか持ってきてどうするつもりなんだ?」
「こうするんだよ!」

 アネモネの足をもぎ、自分の足を取り外して装着させる。足は綺麗にはまる、それはそうだ。アネモネが使っているボディと一般的な強化兵のボディには互換性がある。無ければ際限なく増えていくコストに対応できなかっただろう。
 腕をもぎ、自分の腕と取り換える。装着された腕のナノマシンが人工皮膚を形成し、継ぎ目のない人間のような皮膚になる。

「おいおいおい、マジかよ」
「強化兵が敵と同じ部品使ってるってお笑い者だよ、あいつらと私達の違いは人間の脳を使ってるかどうかでしかない」

 兄弟の癖が移ったかな、戦場を長いこといるとぶっきらぼうになってしまう。

「この車はどこに向かうんだ?」
「敵司令部だ、この戦争も終わるだろう」

 司令部を叩いただけじゃ戦争が終わらないことくらいみんな分かっている。アネモネの出所がわからないし、アネモネを制御するマザーコンピュータの存在の場所も割れていない。

「しょうがない、"こいつ"に聞いてみるか」

 私はポケットからケーブルを取り出し、自分の首とアネモネの首に接続する。一時的に電力が回復したアネモネは目を開き、私に語りかける。

「あ……な……た……」
「お前たちはそれしか喋れないのかい?」
「あなたはあなただもん……私達の恋人ラバー
「恋人?」
「私達は……貴女の最も親しかった友人を模して造られた……貴女が人型戦争で亡くした友人を……」
「それはあった時からわかっていたよ」

 丁度薬が切れて嫌になってた頃だろうか。その時に自分のミスで友人を大勢亡くした。

「私は貴女の願いをかなえるために行動しているの……貴女を殺すために……」
「なんだ、死にたがりかよ、お前」

 運転手が茶々を入れてくる。

「昔はね、今は違うよ」

 アネモネは疑問を示す表情を浮かべ、私に質問を返す。

「なんで? あんなに死にたがってたのに」
「なんでだろうか……」
「誰かに何か言われた?」
御名答ごめーとー
「どうして? 何を言われたら貴女は死にたくなくなったの?」
「自己肯定感……かな……自分にしか出来ない事をやる。それは自分が言うんじゃなくて、相手に言われたのがうれしかったんだよ。何より彼女とのいたのは心地よささえ感じた」
「……それでも、私達は貴女を殺さないといけない」
「さっきと同じように自爆するつもりかい? 残念だけど身体と頭はもう切り離した」

 母機の位置はわかった。私はアネモネの接続を外そうとする。

「愛してるわ、あなた……」

 アネモネはゆっくりと目を閉じ、やがて口も動かなくなる。私はアネモネの頭をぎゅっと抱きしめ、もういない友人達が自分の脳内に想起して消えていく。
 暫くして私は運転手にマップのウィンドウを開いてスライドさせるように運転手に見せる。

「これからアネモネの母機の場所まで連れて行ってくれ」
「司令部から少し離れてるぞ、いいのか?」
「私はこの戦争を止めるために来たわけじゃなくてね」


旧サーデルスタン国 S1地区 2045年5月17日 仏滅


 車を降りて運転手に手を振って見送る。

「さて……」

 本来ならここは避難民が使用するシェルター群ということになっているが、一つだけ人の出入りがされていないものがあった。それがアネモネの本拠地となっていた。
 シェルターのシャッターを開け、階段を降りていく。徐々に暗くなる。レーダーをフル回転させ、内部の構造を把握する。階段を降りた先にある扉を開けると、やけに広い作戦指令室のような空間に出る。とりあえず中央に置かれたテーブルに乱雑に置かれた地図達。先ほどまで人がいて、慌てて出撃したのか弾薬や武器が無造作に落ちている。奥には大きなディスプレイが上下左右に複数並べられており、レジスタンスの拠点だったのがわかる。ディスプレイの前にアネモネが一人座っている。

「ノックした方がよかったかな?」
「アポが無くても私はいつでもウェルカムだよ、だってこんなにも愛してるんだもの」

 拳銃を引き抜き撃つ。アネモネは首を傾けて回避し、後ろのディスプレイが音を立てて破壊される。拳銃をしまい、高周波ブレードを構え突撃する。勢いよく切りかかるも、片手で防がれてしまう。やはり前時代の強化兵じゃ最新鋭の人型には勝てないのか? ブレードを引き抜き、再度切りかかろうとするが、ショットガンを構えられ銃撃を噛ましてくるのをすんでの所で回避する。

「あなたの事を愛さなきゃ! 愛さなきゃいけないの!」

 反動も気にせず乱射してくるが、姿勢を変えながら回避していく。

「愛っていうのはこういうのじゃないんだよ!」

 ショットガンの銃撃を回避する。弾切れになったのか、ナイフを取り出し、一瞬で私の目の前まで接近する。
 ナイフをブレードで受け止め、鍔競り合いの形になる。

「君には君にしか出来ない事をするんだ。愛っていうのは相手を大事に思う気持ちだから」
「私はあなたの事を大事に思っているよ? なんでそういうこと言うの?」
「大事に思うなら変化した価値観を受け入れるべきだと思うけど!?」
「じゃあ変化した価値観ってなんなの!?」
「楽に生きるために戦うことさ……会社を潰した私が、コミュ障の私が、障がい持ちの私が、怠惰な私が、一般人以下の私が、どこにでもいる私が、価値のない私が! そういう大多数の失敗者の為に、私は戦ってる」

 生まれから差別されていくこの生物の枠組みの中で、楽に生きていきたいというのは本能的なもののはずだ。生物の根幹を求めることが何が悪いというのか。大多数の人間が楽に生きるためなら私は誰を相手にしたって良い。

「あなたって……やっぱり人生損してるよ」
「よく言われるさ、あの部隊にいた奴らは皆救われたけど、私は自分の過去の清算の為に燻ってる!」

 ブレードを引き、ナイフに向かって叩き付け、怯ませる。ここぞとばかりに懐からコードを取り出し、自分の首とアネモネの首に繋ぐ。当然そんなことしていれば隙が生じる。私の腹にアネモネのナイフが刺さる。人造血液ホワイト・ブラッドが滴り落ちる。痛覚抑制が効いているとはいえ痛いものは痛い。アネモネを抱き寄せウイルスの送付を開始する。

「な、なにを……」
「もう子機たちは動くこともできない、もうアネモネはキミだけだ」
「……」

 私は人型のウイルスだ。私に接続されたグループは徐々に死滅する。頭の中で子機たちに機能停止を促し、近いものたちから徐々に信号が途絶えていく。アネモネがいなくなったレジスタンス軍は烏合の衆だろう。戦争は終わったも同然だ。

「君も終わりだ、私の指示一つで君も消える」
「……」

 戦争の中にいるとは思えないほど静寂が周りが支配する。

「……ない」

 アネモネがつぶやいた言葉に私は頭を傾げる。

「なんだい?」
「……しに……たくない……」
「……驚いた、散々自分を自爆させておいて死にたくないと来たか、傲慢な考えだね」

 この子たちは進化し続けている。人間に近い感情を会得しつつあるんだ。

「だが、そこが気に入った。君たちは人間らしさを会得しつつある。私の管理下に戻らないかい? まあもう会社無くなっちゃったんだけどね」

 ケーブルを引き抜き、ブレードを手から離し、カランと落ちる。

「ナイフ、抜いてくれるかな」


 数日後、私はまたこの地に降り立つことになった。今度はレジスタンス軍としてだ。
 結論としてこの戦争は終わらなかった。数百体のアネモネが無力化されたが、次にレジスタンス軍が投入したのは支援国の数千の強化兵だったのだ。形が変わっただけで、戦力はレジスタンス軍が上になってしまった。この国が抱える問題を考えればこの戦争が長引く理由は自ずと知れるものだ。

「さて、給料分は働きますか」
恋人ラバー、正規軍の無人多脚戦車が多数接近してる。クレセントMk2タイプと推察するよ」

 隣にいるのはアネモネだ。私はアネモネの母機を自分の管理下に置くことで生かすことにした。兄弟には滅茶苦茶怒られたが、自分が自分の会社があった証を残したかったのと、何より大切な友達が私の為に遺した自分を模した自分の代わりだって知ったからだ。それを言って無理矢理連れてきた。人型が大嫌いな兄弟を言いくるめるのは骨だったけど。ヘタクソな自分にはぴったりの支援役だ。


「オーケー、それじゃあ行きますか」

2020/06/09
2020/06/16:サイト掲載


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