ハイビスカスの幕開け 
第1話 三波参上! 的な感じ

旧首都東京 朱雀山円香宅 2045年4月5日 先勝


 二年間の訓練期間が終わった私はお母さんと一緒に高層人工島新首都東京の永住権を得ることが出来た。かつて爆発的人口増加によって日本政府が出した政策は、関東サイズの大型施設を何重にも重ねて人工島を作り、そこに人を移住させようというものだった。各国からの投資を受けて建設を繰り返し、十年前に完成しようとしていた矢先に世界中でAI暴走事件が発生、二年の工事延期を余儀なくされる。しかし、人型戦争が勃発したことにより日本の上流階級や政治家がこぞってこの人工島上層部に移住し、気が付けば新首都東京と呼ばれるようになっていた。昔はエデンとかアルカディアとか呼ばれていたらしいけど、いまは面影すらない。何故なら下層に行けば行くほど太陽光が届かないスラムのような……というよりスラム街が形成されているのだ。最下層は船が来る関係上管理は行き届いているけど、二層からは犯罪者や貧民が暮らす泥臭い街が広がっている。

「ふぅ……大体の荷物は整ったかなぁ」

 私は今まで過ごしていたマンションの部屋を売り払うことになった。ここにいるといつもあの日のことを思い出すので早く出たかったのが本音だ。

「三波、私も貴方と同じ部署に転勤することになったから。階が違うから中々会えないけど」

 私はうれしくて大声を出してしまう。

「ホント!? やった、お母さんと一緒だ!」

 正直な話、一人で生活するのは心細いと思っていたからだ。お母さんは微笑みながら引っ越し業者に荷物を渡していた。

「どんな仕事が来るんだろう、やっぱり窃盗犯とかコツコツ捕まえるのかな?」
「どうでしょうね、お母さん開発部と傭兵部にしかいなかったから警察課には見に行ったことないし、どんな仕事をしているのか……」

 ううっ、ちょっと不安になってきた。でも私はこの時考えもしなかった。これが全ての始まりだってことを。


 これは私が運命の人と出会い、そして巨悪を打ち倒すまでの物語。


新首都東京 第五階層 新朱雀山円香宅 2045年4月5日 先勝

 新首都東京につくと、巨大なアスファルトの塊がそびえ立っていた。ビル約80階に相当する高さと関東圏並のサイズを誇るこの巨大島はどこから見ても大きい以外の感想が出ない。

「じゃあ、お母さんは先に職場行ってるから、三波も遅れずに来るのよ?」
「はーい」

 私は私服から制服に着替え、家に鍵をかけて出発する。

「やばい遅れる」

 出た時間は出勤時間ぎりぎりといったところだ。早く行かなきゃ。そうして出発しようとしていたところ、突然開いたドアにぶつかり後ろに倒れこむ。

「いったぁ!?」
「やばい遅れる遅れる。ん、何かぶつかった?」

 ドアを閉めて出てきた女性は澱んだ紫色の髪色をしていてツインテールが気になる、身長は私より大きいかな。そして私と同じ制服を着ていた。

「あら、ごめんなさい……ドアの前に人がいるとは思わなくて……!」

そりゃ急いでた私も悪いけどさ、すごく痛い。

「……天使」
「えっ、何か言いました?」
「いや、なんでもない。貴方うちの制服でしょ? 早くしないと遅れるよ」
「あ、そうだった遅れる遅れる」

私と女性は二人で走って会社に向かった。


新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月5日 先勝

 新人二人が十分前に来たことで課内はてんやわんやしていた。なんか既に事件が起きた後らしい。

「お前ら、次からはもっと早く来いよ」
「はーい」「了解です」
「月影! ちゃんと返事しろ! 俺が監督なんだぞ、お前らの不祥事は俺が始末書書かされるんだからな」

 へぇ、月影って言うんだ朝の人。

 だけど月影さんは生返事で、いまいちやる気が感じられない。よく見ると胸の名札には月影アトラと書いてある。
 上司の黒鎧竜人さんは初日から怒りすぎて疲れ気味に地図データを空中に表示しながら、今日の仕事を説明してくれる。

「新人二人には気が重い仕事だがな、今日は第七階層の大手銀行が襲われ、現在強盗は銃を持って立てこもりをしている。俺達は銀行を包囲して狙撃手が準備できるまで待つ算段だ」
「はい!」
「なんだ、朱雀山……朱雀山!?」

なんか名前だけで驚かれてしまった。

「いかん、朱雀山の娘か……同じ朱雀山じゃ困るな……よし、お前のことは下の名前で呼ばせてもらうぞ。よし三波、質問だったな」

 今のうちに確認しておきたい。

「私達はどんな装備で行くのですか?」
「スタンロッド、無線機、防弾具、そして、これだ」

 この銃は……マグナム弾が撃てる拳銃だ。確か狩猟用だって聞いたけど。

「サイボーグと出会ったとき、ただの拳銃じゃ歯が立たねえ、そこでこいつの出番だ。あんま装弾数多くねえから無駄遣いすんなよ」

 私は拳銃をホルスターに入れ、防弾具を着込む。

「よし、現場に急行するぞ。」

 私達は新型の青い装甲車に乗って急行する。
 第七層以外は太陽の光が来ないので人工の光が日中は照らされている。途中高速道路に乗り、上に上がっていく道路を見ていると、視界がどんどん上に行く。そうすると、地平線の先に光が少しだけ見える。本物の太陽の光だ。
 上層に行くためのトンネルに入り、第六層を抜け、第七層に向かう。第七層に入った途端、雪が積もっているのが確認できた。どうやら前日ここで雪が降ったらしい。

「あら綺麗」

 月影さんがつぶやく。

「最上層の景色を楽しんでる余裕はねえぞ、銀行はすぐそこだ。月影、お前は三波とコンビを組め。勝手な行動はすんなよ」
「えっ、私がこの子と組むんですか!?」

 黒鎧課長はため息をつきながら言う。

「三波は訓練期間はトップの成績だったからな、妥当な判断だろ」

 私は右手を差し出し、月影さんに握手を求める。月影さんは握手に応じ、握手が交わされる。月影さんの手は綺麗だが若干硬く、今までの生活が垣間見える。
 もういいかなと思い手を放そうとするが、月影さんは中々手を放そうとしない。というより感触を確かめるように触られている気がする。

「あ、あの! もういいと思うんですけど!」

 そういうと月影さんが手を離す。

「あら、ごめんなさいね」
「おいおい。子供じゃねえんだからじゃれあいは後にしろ。到着だ、配置につけ」

 黒鎧課長に命じられ私達は既に到着していた先輩たちの後ろにつく。人工音声で包囲警告が拡声器を使って鳴り響く中、地響きが起こる。

「地震か……?」

 違う、これは

「課長、これは壁を破壊する音です!」

 その瞬間、銀行の入り口が勢いよく吹き飛び、煙を立ち込めながら中から巨体が出てくる。

「――――――――――ッ!?」

 警察車両と先輩たちを吹き飛ばし、悠々と道路に躍り出る。

「おいおいおい、どうなってやがるッ!?」

<<こちらオーナー、戦車型機動兵器"アクエリアス"が逃走を図った、追撃しろ!!>>
「追撃しろったってこっちはただの装甲車だぞ!?」

 黒鎧課長の言う通りこちらには警察車両と、よくて装甲車しか来ていない。戦車相手じゃ無謀だ。何か、何かないか。
 周りを見渡していると

「三波ちゃん、あれ!」

 月影さんが指さす方向には水上バイクのような風貌をした物体が置かれていた。ご丁寧にPOLICEマークもある。警察車両らしいが、到着したときにはなかった。一体誰が?

「月影さん、一緒に乗りましょう!」

 私と月影さんはバイクに乗りエンジンをかける。私が運転で、月影さんが後ろ。月影さんの柔らかく豊満な体が私に伝わってくる。顔が赤くなる感覚がする。なんだこれ、なんだこれ!?

「おいお前ら! なんだその車は!?」
「知りません! でもこれで追いかけられると思いますので、行ってきます!」

 雑念を払い、私達はこのバイクに命を吹き込むことにした。

「おいまて!」

 煙を払い、バイクが唸りを上げて飛ばしていく。

<<おい、警察が動いたぞ、ヘリもっと近づけて!!>>

 マスコミのヘリが近づいてくる。アクエリアスは戦車の下半身に人型の機動兵器の上半身がくっついたような姿で、頭には主砲が、両手には機銃がついている。
 私達に機銃掃射してきたのでハンドルを傾け回避する。幸い道路封鎖は行われていたようで反対車線にも車は走っていない。

<<戦車です! ライブ中継でお伝えします! 現在銀行から逃走を図った戦車が現在ネオブリッジを逃走中!>>


「まずいね」
「何がです?」
「戦車の砲塔が動いてる。あれはヘリを狙うつもりね」

 そう言われ観察すると少しずつではあるが砲塔が動いていた。私は片手を離し懐から拳銃を取り出そうとする。しかし、機銃掃射によって回避行動を余儀なくされ阻まれる。

「月影さん!」

 応ずるが早いか両手で私を包み込むようにして拳銃を持つ。私の視点に拳銃が横から入ってくる。

「オーケー、行くよ! 照準お願い!」

 私は照準を目標に向くように運転し照準を合わせる。なんとなくだけどこの兵器は主砲を撃とうとしている。機銃掃射が止む、タイミングは今だ。

<<やばいこっち狙ってますよ! ヘリ避けて!>>
「今!」
「――――――――――ッ!!」

 私の目の前で拳銃が火を噴く、そしてそれに遅れるようにアクエリアスの主砲が火を噴く。砲弾にマグナム弾が当たり弾道が逸れヘリを避けていく。

<<えっ、なんですか今のは!?>>
<<おいどういうことだ正確に狙ったのに外したぞ!!>>
<<知るかよ二発目装填しろ!>>

 強盗達の無線はこちらに駄々洩れだ。慌てる姿もガラス越しに見える。私は操縦席を狙えるように操縦する。

「二発目が来ます!」
「――――――――――ッ!!」

 二発目は操縦席のガラスを破り、天井を跳弾し、制御系にあったのか黒煙を吹かし始める。そして強盗達のあたふためく無線を聞きながらアクエリアスは徐々にスピードを落とす。

<<止まりなさい! 次は当てます!>>

 私はブレーキをかけながら車体を横に向け急速にスピードを落とす。月影さんが笑い始める。

「あははは!」

 私もたまらず笑い出す。相手は戦車、こちらはバイクと拳銃だけで止めたのだ。

「バイクは初めて?」
「うん、これは初めて乗りました」
「凄いね、君。貴方とはうまくやれそう。よろしくね、三波」

 これで一件落着……だと思っていた。


新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月5日 先勝

「命令の無視、不審車両の無断使用、無許可の発砲、お前ら初仕事にして好き放題やりやがって!」

 黒鎧課長の怒号が課内をこだまする、私は委縮してしまう。

「反省してまーす」

 月影さんはどこ吹く風だ。

「どこがだ!!」


 散々こっぴどく叱られた後、廊下で落ち込んでいると、隣に歩いていた月影さんがコーヒーを差し出してくれる。

「これ、さっき買った奴、元気だしな」
「えっ、でも……」
「いいのいいの、無茶につき合わせたのは私だし。 それにいい香りだったし
「なんです?」
「いいや、なんでもない! それより見てよこの電子新聞! 私達ばっちり撮られてるよ!」
「大手柄、戦車をバイクで止める美少女警官……?」
「課長はああいってたけど、どちらにしろ止めなかったら被害はもっと増えてた。まあ先輩たちが何人も病院送りにされちゃったけど……多分始末書書いたらすぐ現場に出されると思うよ」
「そっか」

私はコーヒーを飲んだ。



苦い。

2020/04/27
2020/06/01:サイト掲載


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