ハイビスカスの幕開け 
第2話 貴方は美しいから

新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月15日 大安

「ねえ、円香」

 私はモニタリングで忙しいのだが、トーカティブが話しかけてくる。ヘッドホンを離す。

「なに、私は忙しいんだけど」
「今月のノルマ達成した? 遅れてるんじゃないかと思って」
「出来ている、何か不満でも?」
「いや、その……三波ちゃんの視界を常にモニタリングしているのはどうかと思うんだ」
「三波に悪い虫が来ないためだ、それに」
「それに?」
「月影アトラ……もう少しで思い出せるんだけど」


「課長~助けてください~!!」

 私は仕事に詰まり黒鎧課長に助けを求めた。にゃんにゃんの捜索なのだがGPSで探っても第三層以下には届かないのだ。

「ああ? これは下の階層に逃げ込んだ奴だな……お前には第二層は気が重いな、うちの強面な連中に任せるか」
<<第六層では現在、警戒態勢が敷かれていますいやー、警察は何やってるんでしょうかね。現在第六層では爆破テロが常態化しており民営化してから不祥事ばかりですよ。警察が捜査中とのことですエリュシオン社もライジングゼロ社も期待できないですねぇ。またアメリカ大統領を乗せたエアフォースワン私としましてはね、警察の民営化なんてやるべきじゃなかったんですよが新東京空港に到着するとのことで緊張感が高まっています>>
「ねえ、三波」

 月影さんに呼び止められ振り向く。

 天使……テレビでやっているこの事件、見覚えある?」

 何か言われた気がするがよく聞こえなかった。

「お母さんが言うには"つまらないこと"らしいけど……お母さんは基本的にドライだからなぁ」
「貴方の意見は?」
「ん、絶対に許せないよ。こんなやり方間違ってるって何度でも言う」
「私は……どっちでもいいかな、でもやり方が間違ってるっていうのは賛成」
「なんでどっちでもいいって思うの?」
「いや……ちょっとね……」

 月影さんははぐらかす。どうしたんだろう?

「お前ら、そろそろ出動だ。大統領が到着する」

 今日は休日だけど、大統領が首相と会談するというので休み返上で警備にあたることになった。しかし、爆破テロを行うなら格好の機会だ、絶対に捕まえないと。


新首都東京 第七階層 新東京空港 2045年4月15日 大安

 

 私達が到着する頃には重装備の人達が一杯いてガヤガヤしている。大統領見えるかな?

「重いよこの装備!」

 防弾ジャケット、HMDヘッドマウントディスプレイ搭載ヘルメット、大型無線機までは良い。このライフル、重い! 私には重すぎる。

「我慢するんだな、お前みたいなちっこい体に合うサイズはそれしかなかったんだから、ほらちゃんと持つ!」

 月影さんはいつものツインテールを外してヘルメットをかぶっている。紫髪だからすぐ見つけられるし、迷う心配はなさそうだ。


 そうしてついていくと段々人気がなくなってよくわからない場所にたどり着く。

「しまった、迷ったわ」
「ええっ!?」

 月影さんは振り向いて私の方に目線を合わせて笑顔になる。

「あら、三波。一緒にいたのね」
「月影さんについていけばいいのかなと思って……」

 月影さんは両手をわきわきさせながらにやけた顔になり私の肩を掴む。

「三波、悪い大人についていったら駄目だよ? 食べられちゃうぞー?」

 目を逸らすと椅子に座っていったご老人が紙袋を置いたまま廊下の曲がり角を曲がっていく。

「あの! 忘れものですよ!」

 老人は声に反応することなく消えてしまう。

「誰かいたの?」
「はい、お爺さんが……でも曲がり角を曲がっていきました」

 月影さんが肩から手を離し曲がり角を見て、首を振る。誰もいないらしい。

「とりあえず、忘れ物を確認しましょう」
「そうですね!」

 私は合いの手を入れて二人で紙袋を開ける。

「うっ!?」
「うわぁ……」

 そこには……デジタル表記でカウントダウンするカウンター、沢山の配線を通してそして何か積まれている。つまり、時限爆弾だ。

<<月影! 三波! お前ら今どこにいる!>>
<<課長、今自分がどこにいるかわかりません! ですが危険なものを発見しました!>>
<<なんだ?>>
<<爆弾です! しかも連続爆弾魔が残したものと類似してます!>>
<<なに!? お前ら、HMDの位置発信機能で座標を送れ! 爆弾処理班を急行させる!>>

 時間は残り三分、さっきいた場所から歩いたのは十分近くだ。走っても間に合うか怪しいが……

<<クソッ! 遠すぎる、お前たちだけでも逃げるんだ!>>
<<それはできません>>
<<死にたいのか!>>
<<人の命を弄ぶものは、誰であろうと許せないからです>>
<<ちっ、勝手にしろ。遺留品から見つかった爆弾の残骸の解析データを送る、そんな複雑なものではないはずだ、無理するんじゃないぞ>>
「解除しましょう」
「分かった三波、つきあうよ」

 私はまずできるかどうか確認する。

停止●●

 ……何も起きない、だめか。
 爆弾を紙袋から出し、床に置くと、空中にディスプレイが表示される。

「地獄の再演を……?」

 ディスプレイには月影さんが出したドライバーを受け取ると、蓋を開けるためにドライバーを使う。開けた先には色とりどりの沢山の配線と、配線に巻かれたタグがたくさん。タグにはE F I O Rが一つずつ、そしてNが二つ。

「??? このアルファベットに意味はあるのかな……」

 私の問いに月影さんが答える。

「多分あるだろうね、もし失敗して指定の場所以外で起動したときに自分が解除しやすいようにつけた目印なんだと思う」
「じゃあこの配線にも意味があるはず……考えろ、考えろ……」

 刻一刻と時間が過ぎていく。
 月影さんが配線を覗くと、あっさりと答えを言って見せた。

INFERNO地獄の再演を……つまりアルファベットのタグをINFERNOの順番に切断しろってことかしら」
「なるほど! んん? Nが二つあるけど……?」
<<三波、虹色だ、赤から虹の順番に切れ>>

 突然ウルフから通信が入る。

<<コールもなしに通信しないでよ、大体なんでわかったの>>
<<爆弾の残骸の解析データを基に爆発前のシミュレーションを行った。結果、配線には七色の線が使用されているのが判明した>>
<<分かった、えっと虹は……>>
<<日本では赤橙黄緑青藍紫の順番が一般的だ>>
<<ありがとう! それの通りにやってみるね!>>
「よし、わかった。虹の順番で切ればいいんだ!」
「誰かと話していたの?」
「はい、ちょっと会社のお友達に助言してもらいました!」
「友達いるのね……」

 私は赤のI 橙のN 黄色のF 緑のE 青のR 藍のN 紫のOの順番に切っていく。そうすると、カウントダウンが十倍速になる。

「えっ、なんで!?」
「まずい、間に合わな……ッ!!」

 零。

「――――――――――ッ!!」

 私は顔を腕でガードしようとする。



 なにも、起こらなかった。

「えっ、えっ?」
「馬鹿にされたものだわ、ほら」

 カウンターを持ち上げると、爆弾と完全に離れていた。どうやら七本の線だけで引火装置とつながっていたようだ。

 緊張が解け、地面に倒れこむ。

「終わった~……」
「どうやらまだ終わりじゃないみたいよ」

 私は月影さんの視線の先を見る。さっきの老人が様子を見に来ていたのだ。

「やけに早く信号が途切れたと思ったら貴様ら、私の爆弾を……ッ!!」

 私が立ち上がるよりも先に月影さんはスタンロッドに電源を入れながら老人に向かって投げる。

「イギィ!!」

 老人は倒れこむ。

「観念なさい」
「き、貴様……その紫髪、蛇腹だな。貴様のような醜い人間が警察とは、落ちぶれたものだな!!」

 私は突然出てきた単語に戸惑う。月影さんに言う。

「蛇腹って?」
「貴方は知らなくていいわ」

 腑に落ちないが立ち上がって老人に向き直る。

「なんでこんなことしたんですか」

 倒れこんだ老人が答える。

「この世界の住人は生まれながらにして死んでいる、奴らは生まれながらにして空っぽだ。事件が起こるときに群がる民衆を見たことがあるか? 薄っぺらい奴らだと思わないか?」
「薄ぺっらいだなんて、ひどいです。考えがあって、皆と共有したいからそうしてるんですよ?」
「若いな、国語の点数は大して取れてなかったんじゃないか? この世は特別な人間だけが生きていていい、あとの人間はどうでも良い存在だ。どうでも良い存在が消えても別に誰も困りはしないだろう? お前らも蛇腹もそしてお前らの親もな!」
「こいつ……!」

 私は別に馬鹿にされてもいいけど、お母さんを馬鹿にするのは許せない。

「お前らは人型戦争を知らないだろうなぁ? あそこには価値のある死だけがあった! 顔が美しく、そして体をバラバラにされた人型達を見て、フフフ……私は劣情を隠せなかったよ!」

 き、気持ち悪い。
 私が吐きそうになっているところに月影さんは反論する。

「つまり、こうね。アンタはあの戦争の中にいて、その地獄が気に入っただから地獄の再演をしようとしていたんだ。自分には意味のある死をあんたの言う価値のない人間に与えてやろうって算段で!」
「アハハッ! そうだ! 私は地獄の番人そのものだ! 貴様らが解除した爆弾は一つだけだ! 他にも何個もある、もうこの空港はおしまいだ!!」

 私は怒りで震える。

「そんなことさせない!」
「そんなことさせない? 私はゲームやアニメの人間じゃないんだ。失敗する可能性があることを態々いうと思ったか? 二分前に起動したよ」
「クッ……!」
「さぁ、時間だ! 地獄の再演を! 価値を与えるのはこの私だァーーッ!!」



 なにも、起こらなかった。

「何故だ!?」
<<通信、音量上げて>>
「お母さん?」

 私は通信機の音量を上げる。

<<悪いけどお前が持ってきた爆弾は全て電子破壊させてもらった>>
「どういうことだ!!」
<<爆弾の解析途中だったんだけど、金がかかってる割には大した技術を使ってないみたいだったからね。うちの仲間に電源を落とす玩具を持ってこさせたのさ、昔作ったやつの簡易版だがな>>
「は……?」
<<分からなくていい、あんたは間抜けにも警察の前に自白して見せた、あんたの地獄はもう終わりだ>>

 月影さんが手錠をかけた頃には黒鎧課長達が到着していた。


「ひどいよお母さん! 私が頑張らなくてもよかったじゃん!」
<<ごめんね三波、あんたの手柄を奪うような形になって、でも最初の爆弾は貴方しかできなかった、それだけは理解してほしいかな>>
「三波、母が同じ会社で働いてるの?」
「うん、そうだよ! 自慢のお母さん、ヒーロー」
<<ヒーローなんて柄じゃないんだけど……まあいいか>>

 会話していると黒鎧課長が笑いながら話しかけてくる。

「お前ら大手柄だな、迷子になったのはいただけねえが……一応報告書書いておけよ」
「はーい」「了解です」

 月影さんは気だるげに、私は元気よく応えた。

「そうだ、帰ったら二人でパフェを食べに行かない?」

 パフェ!!

「えっ、いいの!? やったあ!」
「いいのいいの、親睦を深めたいし貴方をもっと見つめていたいし

 黒鎧課長がため息をつきながらぼやく

「お前らといると娘を思い出して調子狂うよ全く……」


新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月15日 大安

<<ウルフ、ご苦労だった、帰還して良い>>
<<ああ、だがこれでよかったのか?>>
<<別に、三波に何かあったら嫌だったから>>
<<ふむ>>
<<月影アトラについて何かわかった?>>
<<ああ、画像解析にかけたが、テロリスト団体NTRS新東京再侵略国家の主犯格、月影源郎の娘だ>>

2020/04/28
2020/06/02:サイト掲載


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