ハイビスカスの幕開け 
第3話 どうして?

新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月20日 赤口


「会議疲れたぁ……」

 今日は私が事件を解決した連続窃盗事件の報告で豪く緊張してしまった。

「おう、お前ら。いいプレゼンだったぞ」

 黒鎧課長の称賛を月影さんがだるい感じで返答する。

そりゃどうも面倒くさい発表でした、そういや第二層に行った飼い猫って見つかったんですか」
「ああ、見つかった。ただうちの連中が何人かひっかかれてな、あんなふうに包帯巻いてるやつらがいる」

 そういえば顔中包帯だらけの人をちょくちょく見る。

「まったくうちの課を何でも相談屋みたいな扱いしやがって、おかげで仕事が進まない」

 それにしても、先日のパフェは最高だった。また食べたいなぁ……。

「おい、三波。涎が出てるぞ」
「あわわ!!」

 いかんいかん。

「まったく、先が思いやられる……」

 そうしていると私の机の電話が鳴る。私が取るより先に黒鎧課長が先に取ってしまう。

「あっ」
「こちらライジングゼロ警察課………………わかった、すぐ向かう。新東京空港だな?」

 どうやら空港でまた事件が起きたようだ。災難過ぎない?
 黒鎧課長が電話を切ると大声で叫ぶ。

「オペレーターから連絡があった、新東京空港でハイジャックだ! 装備は有事に対応できるように最高のものを用意しろ、出動だ!!」

 私達は更衣室に向かい、即座に着こむ。
 ヘルメット、通信機、防弾具、拳銃、アサルトライフル、これ以上は重くて持てない。しかし月影さんの身体はすごいなぁ……課内の男性の視線をひきつけてやまないし、私よりずっと身長が高い。それに、見ているとなんかドキドキしてくる。
 そういえば私、家族と開発部の人以外の女性を見るのって初めてだったかもしれない。初めての外の友達、大事にしたい。
 装着が済んで、車に乗り込む。車が徐々に上に登っていき、地平線の空が見えてくる。人工の光があるとはいえ暗いという表現が正しいこの階層都市に、文字通りの一条の光だ。だから水平線の光が差し込む島の端っこの場所の土地代は高いらしい。
 第七層に入った瞬間眩い光が差し込む。今日はどうやら快晴のようだ。一か月前まで当たり前だった空が、今はこんなにも遠い。思えば昔はこんなに空を気にしたこともなかった。人は無くなると初めて必要性を感じるのだろうか。
 空港につく。そういえば皆どうしてるのだろうと周りを見渡すと、黒鎧課長が電脳煙草サイバーシガレットを咥えていた。煙が出ないので気付かなかった。他の仲間は銃の手入れや地図の確認などを行っていた。
 月影さんと目が合う。頭がぐらぐらする。耳まで熱がこもり、心臓の動悸が早くなる。なにこれ、わからない。私おかしいのかな。何かの催眠術でもかけられてるのかもしれない。お母さんに相談しないと……。


新首都東京 第七階層 新東京空港滑走路 2045年4月20日 赤口

 無限に思える時間が過ぎ、つい五日ぶりに来たばかりの空港に舞い戻ってきた。尤も、今回は滑走路だけど。
 私達は最新鋭の航空機……どこの会社だったか忘れたけど、前進翼が特徴の旅客機に包囲網を築く。私達は黒鎧課長の隣に布陣することになった。黒鎧課長が包囲したことを犯人に伝えるが、相手からの返答はない。

「チッ、何が狙いだ……こちらの応答に全く応じねえぞ」
「取引を待ってるんでしょうか」
「可能性はあるわね」
「何がしたいのか知らねえが、基本的に取引に応じるつもりはねえ。そういう決まりだからな」

 そうだ、規則に書いてあった。犯人とは取引に応じない。汚職を防ぐためだ。だけど、それで救われない命があっていいんだろうか?


 一時間経過。犯人の動きはない。私は音を上げる。

「いつまでもピリピリしてられないよ」
「我慢しろ、しかし一体中では何が起こってるんだ……」

 そうすると突然旅客機の扉が弾き飛ばされ、中から何人か出てくる。装甲、人工皮膚……人間にしては規格外の兵装……。

「まずい、強化兵だ! 退散!!」

 ただのサイボーグじゃない、強化兵だ。とてもじゃないけど生身で戦える相手じゃない。

「テロリストの規模じゃないぞ! うちの強化兵を呼べ!!」

 誰かが答える。

「最低でも三十分かかります!」
「時間稼ぎできるような相手じゃない、いいから呼びながら逃げるんだ!」

 皆が一目散に背を向けずに距離を離していく。
 狙撃兵が対物ライフルで撃つ算段だったが、強化兵は発射音を頼りに弾道も見ずに回避する。

<<狙撃失敗! 強化兵にはこいつは当たりません!>>
「おい、新人! 逃げろ!!」

 足が震えている。どうして逃げないのか、私にもわからない。でも、このままだと人質がどうなるかは目に見えている。私は人質を見捨てるなんてことはできない。勝算がなければこんなことはしないと思う。つまり、勝算がある。

「おい、子供が相手だぜ」
「ははは! 新人なのかどうか知らないが、残ったことを後悔してやるぜ!」

 強化兵の一人が片手で対物ライフルを構える。

「いっちまいなあ!」

 私は自分にできることをしよう。

停止●●!」

 強化兵たちが持っていた対物ライフルにロックがかかり、引き金が引けなくなる。

「どういうことだ!?」

 慌てている強化兵たちにアサルトライフル!

「おらー!!」

 だが装甲に弾かれ、大したダメージを受けていない。

「そんな豆鉄砲が効くかよ!」

 やはり、この手は通用しないか。アサルトライフルを捨て、ジャケットも捨てる。
 作業着姿だ。

「はは、馬鹿にしてるぜこいつ!」

 私は跳躍し太陽を背にして飛行機の上に立つ。

「立ったままあれだけの跳躍を!?」

 強化兵たちもロックがかかった対物ライフルを捨て、跳躍して飛行機の上に立つ。

「鬼ごっこはおしまいだお嬢ちゃん!」

 強化兵達は高周波ブレードを抜刀し、私に向かってくる。私はすんでのところで躱し、高周波ブレードに触れる。これは……使える。

飛翔●●!」

 強化兵たちが持っていたブレードはひとりでに浮き出し、私の周りを回る。

「どうなってやがる、クソッ、武器がもうねえぞ」
「馬鹿野郎、相手は女一人だぞ!? どんなまじない使ってるんだか知らねえが、三人に勝てるわけねえだろ!!」

 三人同時に殴りかかってくる。私は高周波ブレードで受け止め、力の押し合いになる。

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 三人がかりで押し込められて分が悪い、だけど足が止まった。

<<狙撃班はまだいますか!>>
<<ああお嬢ちゃん、無茶をしたな>>

 サイレンサーをつけていたのか、発射音は聞こえない。ただ一人が狙撃によって体を撃ち抜かれ、飛行機から転げ落ちる。

「クソッ、これが狙いだったのか! 避けろ兄弟!」

 狙撃は正確だが、強化兵たちは弾道を見ながら避けることが出来てしまう。反応スピードが違いすぎる。だけど隙が出来た。
 私から視線を少しでもそらした、そこに彼らの隙が出来る。私は高周波ブレードを空中で振るい、一人の両腕と両足を切り裂く。

「クソッ! やられちまった!」

 黒い液体が流れだす、あの人達の力の源だ。

「この野郎!」

 私に殴りかかるがその前に狙撃班が体を撃ち抜く。

「畜生……」
<<課長! 終わりましたよ!>>
<<馬鹿野郎! 誰が勝てって言った! 勇気じゃなくて無謀って言うんだそれは!>>

 耳につんざく声が私がまだ生きていることを実感させてくれた。

「動くな!」

 しまった、まだ一人いたのか!

 破壊された搭乗口を見ると乗客を掴んで盾にしながら強化兵が出てくる。

「お前ら、動くんじゃねえぞ、俺たちの反応速度はわかってるはずだ、銃を撃てばこいつを殺す!」
「何が目的なんですか! どうしてこんなことを!」
「目的……? 目的はただ一つだ、あのお方から娘を取り戻せと言われた! 俺たちは家族の安全と一生の保障を代わりに任務を受けた鉄砲玉なんだよ!」
「意外にべらべら喋ってくれますね、それで? 娘というのは?」
「もうここにいるはずだ! 出て来い! 出てこねえと犠牲者が一人ずつ増えていくぞ!」

 誰の事なんだ? 近くにいる?

「ここにいるよ!」

 聞きなれた声が聞こえてくる。

「ああ、あんたか。月影アトラ」

 えっ?

「どうしてですか! 月影さん!」
「馬鹿が! なんも知らねえんだな、月影といえばNTRS新東京再侵略国家の親玉だろうが!」
「親は関係ない! ついでに言えばその子も関係ない! だから人質を解放して!」
「だったらこのまま俺たちについてくるんだな」

 スロープを登り、月影さんが機内に入っていく。

ごめん、三波。本当にごめん裏切るつもりはないの、だけど私の事は、忘れてほしい

 そして、貨物室の扉が開いたと思うと一機の小型飛行機らしき物体が貨物室から勢いよく飛び出して我が物顔で飛び去って行く。

「月影さん!」

 強化兵といっしょに連れられて行く月影さんの顔には憂いを帯びた顔が見えた。


新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年4月20日 赤口

ハイジャックが収束し、帰還した私は、会議室に自分と黒鎧課長だけの二人きりで処分を待つことになった。

「強化兵三人を無力化し拘束、人質は全員無事、結果的にはよかったが……」
「……」
「分かってるな? 暫くお前は自宅謹慎だ。これ以上の命令無視は擁護出来ねえぞ」
「……はい」
「月影の件は残念だった」
「……」
「飛行機は海水に着水した後、犯人の位置取りは不明だって話だ。恐らくは第二層に逃げ込んだかもしれねえが……あそこはウチでも手を焼いてる領域だ、絶対に近づくんじゃねえぞ」
「……月影さんの話、課長は知ってたんですか?」
「……ああ、知ってて人事部は入れた。だから警察課トップの俺が査察してたんだ。恐らく父親から逃げたかったんだろうな、だから父親が強化兵まで雇ってきたってところだろう。お前の事情だって知ってる、あれは円香に言われたから見てたんだ。絶対に無茶をするってな。実際その通りになったが」
「……すみません」
「ああ、謝るのはやめてくれ、そしてお前に怒ることは特にない。もう処分は決まったからな」
「はい」
「だがまぁ……暫くお前はゆっくりしていろ、一人で第二層に行っても俺たちは何も知らないからな」
「……はい」

 私が一人で行っても社は何も責任を持たない、独断の行動だ、ということになるのかな。

「じゃあお前はもう帰れ、ああそれと」

 そういって私に拳銃と弾丸をくれる。

「無駄遣いするんじゃねえぞ」
「はい、失礼します」

 私は拳銃をしまい、会社を後にする。


「はぁ……やれやれ、第二層に行くメンバーを選出するか……」


新首都東京 第二階層 ??? 2045年4月20日 赤口

「帰ったか、アトラ」
「帰ったかじゃない、なんでここに呼び戻したの」
「さあ、なんでだと思う?」
「知らないわよ」
「お前の情報が欲しくてな、喋らなくてもいい、お前の頭の中に聞かせてもらうよ」
「放して!」
「無駄な抵抗は痛みが増すだけだぞ? 独房に連れて行け」


「朱雀山三波……次の目標はこいつだな」

2020/04/29
2020/06/03:サイト掲載


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