ハイビスカスの幕開け 
第4話 私はブーゲンビリア(前)

新首都東京 第五階層 新朱雀山円香宅 2045年4月21日 先勝


 テレビでは私がハイジャック犯に大立ち回りした映像が繰り返し流されている。私はというと、テレビの前で体育座りしてただテレビを眺めている。
 昨日のことが焼き付いている。あの顔は私に心配させまいとして出した顔だ。

「なんで私に謝る必要があったんだろう」

 私に謝ることなんてなかった筈だ、あの時人質を救いたいから私は戦った。彼女だってその時の最善を取ったんだと思う。

「いつまでそうしているの」

 お母さんが話しかけてくる。

「わからない、わからないよ。月影さんを見ているとクラクラしてくるんだ、頭がぼーっとして、耳まで熱くなって、口がにやけるのが止められない。お母さん、私どうしちゃったのかな」

「……三波、それは……」

 お母さんが言うより先に傍にいたウルフが答える。

「恋だな」
「恋?」
「おい、ウルフ」
「何故だ? 質問に代わりに答えただけだろう」

 お母さんはため息をつき、話を続ける。

「お母さん、恋って何?」
「時々熱くなって、いつか冷めるものよ」
「恋、特定の相手を好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいという感情」
「じゃあ、お母さんと一緒にいたいと思う気持ちも、恋なの?」

 ウルフは続ける。

「それは愛に近いものだ。愛とは相手を大切に思い、尽くそうとする気持ち」
「???」
「ごめん……お母さんまともな恋愛をしたことがないの、ウルフの方が詳しいとか女として失格ね……」
「恋とは、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、そう思いながら叶えられずにやるせなくなったり、叶えられて歓喜するような状態。そういうものだ」
「うーん……?」
「フレスベルグ、お前の教育はどうなっているんだ」
「どうって……三年で初等教育から高等教育まで詰め込んだクラインを毎日乗せていただけだが?」
「……」

 私は二人から再びテレビに視線を戻す。

「お母さん暫く家に帰れないから、ご飯はちゃんと食べるのよ?」
「……」

 お母さんが仕事の為に出ていき、ウルフと二人の、テレビの音だけの静かな空間になる。
 私は、それからたまにご飯を食べて、端末で恋とは何か、愛とは何かという事を調べていた。


新首都東京 第五階層 新朱雀山円香宅 2045年4月24日 仏滅

 いつまでこうしていただろう。気が付けば外が明るい。階層都市でも天井は昼夜に合わせて光量を変えているので、夜は暗いし昼は明るい。
 明るいと言っても、電力節約のために置かれているライトの数は少ない。精々足元を照らす程度だ。だから電灯は日夜問わずつきっぱなしだ。
 私はというと、リビングでぐったりしていた。殆ど引きこもりだ。

「三波、いつまでそうしているつもりだ」
「だって、どこに連れ去られたかわからないじゃん……」
「果たしてそれはどうかな」
「えっ?」
「この三日間この家であの日の第二階層の監視カメラを見ていた、そしたらある廃墟のビルに入っていく姿を確認できた」
「どうして言ってくれないの」
「今見つけたからだ、だから今話しかけただけだ」
「そっか、わかった。シャワー浴びてくる」


 シャワーを浴びて、アトラの事を考える。そして鏡を見る。貧相な体だ。だけどお母さんは考えてこの体系にしたらしい。男の身体に、女の身体。私はちぐはぐな人間だ。そもそも人間ですらない。私は何者なのか? なんで私は生きているんだろうか。昔私は世界の迷惑になるなら消えてもいいと思った。だけどお母さんは貴女を大事に思う人がきっと来るからと言った。アトラは私が好きなんだろうか。
 いや、そんなのは重要じゃない。私がアトラを好きなんだ。それは家族愛とか、友人としてではない。あの時他の人に危害を加えまいとして自分を差し出したアトラ、私の無茶に付き合ってくれたアトラ、私と一緒に協力して戦ってくれたアトラ。私の人生を彩ってくれたアトラ……。頭が熱くなる。耳まで火照って、目がくらくらする。これが恋なんだ。アトラの身体は私にとっては綺麗だ。紫の髪も、男と見間違えるかのような身長も、すらりと伸びてそれでいて肉付きのいい脚も、テーブルに乗りそうな胸も、虹色の瞳も。私にはないものをたくさん持ってるアトラ。今気づいた、"私は貴女しか見えない"。他のどんな人よりも貴女しか見てなかった。気付けばアトラも私しか見ていなった。いつも私の事を見ていた。なんで?それを知りたい。私はアトラのことがもっと知りたい!
 もう、悩んでる暇はない。勝算はなくても私は私らしいやり方でアトラを取り戻す。


 私がシャワーから出てくると、見慣れない細長いケースが置かれていた。

「なにこれ、随分長いね」
「フレスベルグがお前の為に置いていったものだ」

 開けるとそこには一本の槍。

「これは……」
「高周波パルチザン"黒鷲"だ。人型達が使っていた槍を解析して刃の成分を再現し、高周波を流すことで戦争当時より切れ味が増した。このタイプは小柄な三波にも扱いやすいように柄の部分を調整している」

 確かに銃だけじゃ強化兵には勝てない、リーチ差も埋めにくい。私には必要な武器だ。

「ただし高周波を流せるのはもって一時間だ、バッテリーが切れたらただの槍だ。慎重に使用しろ」
「分かった。第二層はどうやっていけばいい?」
「バイクを用意した。乗り方はわかっているだろう?」
「バイク?」


 そこにあったのは、銀行強盗事件の時にあった水上バイク型のバイクだった。

「これって前に見た……!」
「そうだ、ライジングゼロ社製、警備隊仕様試作バイク、日常の守護者ピースメーカーだ。発射許可が出ていればマシンガンと小型ミサイル二発が使用できる」
「結構物騒なバイクだったんだね……」

 正直驚いている。誰が作ったんだろう。

「これ、トーカティブさんが作ったの?」
「そうだ、発射許可は下りてないから普通のバイクとしてしか使用できないが、第二層に行くなら十分な性能の筈だ」
「分かった、ありがとう!」
「ふむ」

 私はバイクにエンジンをかけ、魂を吹き込む。

「三波、私も同行する」
「えっ、いいの?」
「フレスベルグからの命令もあるが、シャワーから出たとき、お前は戦士の顔をしていた。さっきの腑抜けた顔が嘘のようだ。だからお前の選択の先を見てみたくなった」
「ウルフってさ、人間臭いよね」
「ふっ、誉め言葉だ」

 私とウルフは第二層に行く道を走り始めた。


新首都東京 第二階層 2045年4月24日 仏滅

 私達はニ回の地平線を拝み、高速道路から降りて第二階層に到着した。地図ではここの近くらしい。

「空いてたね」
「元々第二層に行くものは少ない。つまり、もう相手には警戒されてるだろう」
「分かってる。全面対決するつもりなんてないし、アトラを救出するのに専念するつもり」
「だがあの廃墟にどうやって入る? 正面突破はフレスベルグはともかく三波には無理だろう」
「何処かに情報を持ってる人いないかなぁ」

 と周りを見渡していると、ある看板が目に見える。

「BARネオハー……」
「酒場か、情報収集の定番だな」
「ウルフは待ってて、私一人で行く」
「大丈夫か?」
「任せて! あ、槍とバイク見ててね」
「了解」

 私はバーの扉を開けた。

 バーはちょっとしか明かりが無く、カウンターの奥には見たことない銘柄のお酒が並んでいる。机はいくつかあり、そこそこ広い酒場みたいだ。
 いかにもな厳ついお兄さんたちが私の事を一斉に睨む。こ、怖い。

「いやねぇ、ここは貴女みたいなかわいい子が来る場所じゃないわよ」

 バーのカウンターに立つグラサンをかけたスキンヘッドのお兄さんが言う。周囲の人は私の事を笑いながら、酒を飲み始める。

「お願いがあるんです、月影アトラって子を探しているんです!」

 名前を聞いた途端、お兄さんたちの顔が怖くなる。

「貴女、月影が誰だか知ってるのかしら?」
「えっ……」
「月影といえば第二層を実質仕切っている、警察も恐れるNTRS新東京再侵略国家首領ドンよ? 貴女はその娘を探し出してどうしたいの?」

 私の考えは変わらない。

「勿論、取り戻します」
「聞いた? この子は月影に喧嘩売るって言ってるわよ!」

 周囲が笑い始める。ううっ、アウェーだ。

「命が惜しいなら止めておきなさい、その子の事は忘れるの、いいわね?」

 確かに、命は惜しい。でも、この人たちは何も教えてくれなさそうだ。

「分かりました、帰ります……」

 私はバーを後にした。


「帰ったな、あの子の目を見る限り、引き下がる気はないだろう」
「どうします、萩の旦那? このままだと一人で突っ込みますよ」
「うーむ……勢力第一位のクミが相手か…………仕方ない。あの子が悲しむところは見たくないし、彼女一人でなんとかで来たように見せかけるぞ。野郎ども、準備だ!」


「収穫はあったか」
「ううん、駄目だった」
「そうか、侵入経路は大体算出出来た。お前の端末に情報を送る」

 そういうと通知と共に地図データが受信する。

「廃墟の裏側から侵入する形になる。廃墟と言っても誰も使用している届け出が出されてないだけで、きちんと整備されている可能性が高い」
「じゃあ警備も厚そうだね……侵入箇所はわかったけど、どうやって侵入しよう」
「ついてこい、警備が少ない時間帯に縫って移動する」

 私達はバイクを自動運転にして第三層の駐車場まで走らせ、ビルの裏側まで行くことにした。
 しかし、ここは地平線が見えない。完全に密閉された広大な空間だ。そして人もあんまり動いていない。不思議と静かな空間だ。


「へっ、監視カメラに堂々と一人で歩きやがって」
「メスが一人でほっつき歩いてるとどうなるか教えてや、ウグッ!」
「どうした、グエッ!」
「……旦那、これでついてきていたのは全員ですぜ」
「……よし、あとは機動兵器を表に出して大暴れさせるぞ」


「何か聞こえたような……ウルフ、レーダーに何か映った?」
「残念ながらサイボーグや強化兵の反応はなかった」
「そっか」

 ビルにたどり着く。私はケースを開けて、槍を取り出した。
 待ってて、アトラ。

2020/05/01
2020/05/08:加筆修正
2020/06/04:サイト掲載


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