ハイビスカスの幕開け 
第8話 リゾートハイウェイバトル(前)

新首都東京 第五階層 ライジングゼロ社新東京支部 2045年5月17日 仏滅


 会議室、珍しく朝から全員出席の会議が行われている。

「皆、端末の資料を見てくれ」

 黒鎧課長の一声で皆端末の情報を確認し始める。

「これは先日回収された強化兵黄花伸から検出された素体パーツの一部だ。サイバネティックダークネスエレクトロニクス社製の素体であることが解析からも分かった。サイバネティックダークネスエレクトロニクス、通称CDE社は当時ベンチャー企業でありながら新首都東京の開発事業にいち早く参入した企業で、建物から兵器、サイバネ技術から端末に至るまで幅広く事業に参入しているという点では弊社と似ている。ただ決定的に違うのは世界に進出はしていないが新首都東京のシェア一位を誇る、国内企業としては非常にデカい企業だってことだ。俺たちはこんな奴らと相手しなきゃならない。奴らの本社は第六層リゾートエリアにあるが、そこまでには高速道路が多数存在する。相手が防衛するにはうってつけの場所だ。会社はCDE社に対して宣戦布告することを決定した。本日1300より決行する。各々引き締めてかかれ」
「今回は死人が出るかもしれねえな」
「企業間戦争だろ、これ。下っ端ばかり危険な仕事任せやがって」
「課長、どうして朱雀山さんを出さないんですか?」
「円香ァ? 出したら強化兵条約違反で俺たちの正当性がなくなるだろ。あくまで俺たちはテロ幇助組織を潰すために動くんだからな」
「クソッ、朱雀山さんさえいればスピード解決だってのによ」
「警察課総動員だ、全員バイクと武器を用意しろ、遅れる奴は置いていく!」


 会議が終わった後、私達は二人で更衣室に向かう。
 更衣室にある長椅子に座り、着替えを広げる。アトラが横に座り、同じように着替え始める。

「……三波は死ぬのは怖い?」

 アトラの問いに私は今まで考えていた事を話す。

「怖くない……っていうのは嘘かな。でも、私には皆を守るための力がある以上、私は戦いから避けられないと思う。私は兵器だから、その役割を全うしないと」

 私の回答にアトラは悲しそうな顔をする。

そう……そうだよね……私は貴女にもうこれ以上戦ってほしくないのに
「でも、アトラの事は何よりも優先したいな。アトラは私に何かしてほしいことある?」
「……」
「アトラ? むぐっ!」

 アトラが私の顔を引き寄せ、アトラの顔が迫る。アトラが見たことないような顔をしている。唇と唇が重なり、頭が真っ白になる。えっ、今何をされているんだ?理解できない状況と、感情がないまぜになってぐちゃぐちゃになって……。苦しい気持ちと幸福感が混ざってずっとこうしていたくなるような……そんな感じ。
 永遠と思えるような数分が過ぎる。アトラが唇を離し、アトラと私の唾液が糸を引く。

「なにこれ……私に何したの……?」
「三波、キスだよ」
「キス……?」

 知識としても言葉としても聞いたことのない言葉だ。どうして幸せに感じるようなことを知らなかったんだろう。でも何だろう、アトラ以外とはしたくない。ずるいよアトラ。
 長い沈黙の中、アトラが口を開く。

「三波、私は貴女にずっと一緒にいてほしい私は貴女にずっと一緒にいてほしい貴女を失いたくないの貴女を失いたくないの
「それって、好きってこと?」

 アトラの顔が真っ赤になる。そして目を逸らす。

「~~~ッ!!」

 やっぱりこの状態のアトラは可愛い。

「わ、私は…… 好きだけど……
「目を見て言ってよ」

 私はアトラの顔を両手で私の正面に向かせる。
 アトラは目を伏せ、観念したように話し始める。

「……」
「……」
「わ、私は……初めて見た時から三波しか見えてなかった。男性恐怖症だし、女性が嫌いだったから人間が怖くて仕方なかった。三波以外ありえないと思った。一目惚れってやつかな……あまりにも三波が非現実の存在で天使にしか見えなかったから……でも、三波と触れあううちに純真で、実直で、ほっとけなくて……そんな性格が私の偏見を崩してくれた。そして三波も私を偏見の目で見なかった、私がここにいていいって救ってくれた。だから三波にこれ以上傷ついて欲しくなくて、一緒にいて欲しいって我儘を望んでしまったの。でもそれが出来ないことはわかってる。三波は他人の為に走り続けないと生きていけないって。三波はそういう人だから。でも、三波がいつか消えてしまうんじゃないかって恐怖が付き纏うの、ねえ、どうすればいいの?」
「結婚しよう」
「えっ?」

 アトラは呆気にとられたような顔になる。

「ごめん、言い直すね。結婚しよう」
「ええっ!?!?」

 言ってて流石に恥ずかしいけど、でもアトラの不安を解消する方法なんて精神的に一緒になるしかないよね。誰かの不安心配をそのままにしたくはない。だったら解決法は一つしかない!

「えへへ、言っちゃった」
 ……どうして三波は私ばかり優先するの、三波は三波を大切にしてほしいのに

 この距離で小声でもよく聞こえる。

「誰かに助けられたものは、誰かを助けたくなるんだって。誰かが言ってた。だから、私はアトラの言う通り、走り続けていたいんだ。警察課に入ったのだってそう、他人を助けることが私にとって幸せだったから。私が私であり続けるにはこうするしかないんだ。だからアトラの言うことは全部は叶えられない。だけどアトラの心の穴を埋めることくらいはできると思う」
 ……嬉しい、嬉しいけど……恥ずかしぃぃ……
「前に言ったけど、私は何が敵でもアトラの味方でいたいと思ってるよ。そしてそれが私の存在生きる理由なんだ。他の人を傷つけまいとして自分を差し出す優しいアトラ、私の無茶に付き合ってくれたアトラ、私の傍にいてくれたアトラ、私の人生を彩ってくれたアトラ!」

 頭が熱い、アトラの顔が歪んで見える。

 もういい、それ以上喋らないで

 私は構わず進める。

「私はアトラがもっと知りたいんだ。恋って熱くなって冷めるものってお母さんは言ってた。だからいつか終わりが来るかもしれない。変わらない人間はいないけど、でもそれでもアトラは私を好きでいて欲しい、私もアトラが好きでい続けたい。だから、私についてきてほしい、私は絶対に貴女を悲しませたりしない。これからも私の相棒でいて欲しい」
 はい……

 ようやくアトラの答えを聞けた。
 私はアトラを抱きしめ、アトラも私を抱きしめた。
 心が通じ合うことがなくても、分かり合えると信じて。

「さぁ、まだ時間あるし、どこか食べに行こうよ! 前に食べたパフェ、また食べたいなぁ」

 着替え終わった私は同じように着替え終わったアトラの手を引き扉を開ける。
 ああ、これデートってやつか。

 


 お母さんが私のヒーローだったように、私も誰かのヒーローになれてるのかな。



「よくもまああんな恥ずかしいセリフ言えますね君の三波ちゃんは」
「いいさ、それも若さだから。私にできなかった恋愛を、あの子は代わりに謳歌して欲しい」

2020/05/06
2020/06/08:サイト掲載


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