新首都東京 第七階層 CDE社屋上 2045年5月17日 仏滅
「飛翔!」
私は黒鷲の槍を持ったまま飛翔させ、その勢いのまま回り込む。反応速度が非常に高い、私の言うことをダイレクトに聞いてくれる。それに走るより速い!
「何ッ、どこからそんなスピードが!?」
源郎が私の正面に向き直すより早く私は右肩の接続部を叩き切る。斧と右腕が落ち、大きな音が響き渡る。観察していて分かったけど、斧が大きすぎて振り回すのにかなり時間がかかるようだ。だが銃弾を弾いてみせたのはその大きさ故に弱点を守るには必要十分だったという所だろうか。 移動はホバー任せ、上半身の速度はそんなに早くないなら、槍の速度で翻弄するだけ。 源郎は左腕で床を殴り、アトラに向かって瓦礫を投げつける。
「アトラ! 飛翔!」
投げられた瓦礫よりも早くアトラを掴み、そのまま曲がっていってヘリポートの中央にたどり着く。
「やるじゃねえか、だがアトラを守りながらどこまで俺についてこれるんだ?」
左手で空中に出たディスプレイを操作すると、飛んでいたヘリがこちらに向かって飛んでくる。 突っ込ませるつもりだ!
「回転! 発射!」
突っ込んでくるヘリが一機、また一機となます切りにされていく。制御できなくなったヘリがその速度のまま突っ込んでくるので槍を見ながらアトラを抱え横に走る。 源郎はホバーを出力を増加させてこちらにタックルを仕掛けてくる。跳躍して回避し、着地したところでもう一回タックルが飛んでくる。速い、避けるだけで精いっぱいだ。 だけどこの状況下で一人冷静な人間がいた。 アトラは私に抱えられた状態で対物ライフルを構えていた。さっき拾ってID解除した銃だ。アトラはタックルで通るであろう予想地点に向かって銃を撃った。
「しまッ!?」
腕で防御しようにも遅かった。完全に埒外の行動だったために反応が遅れたのだ。頭に直撃し、脳のパッケージが外に放り出され、巨体のボディはタックルの勢いのままヘリポートから落ちていく。 着地し、脳のパッケージに近づく。 白い半円の装甲に守られ、センサーが多数付いたその物体は怯えるように通信してくる。
<<やめろ! 見逃してくれ!>> 「どうする?」 「どうするかねぇ……」 <<実の親を殺すっていうのか!?>> 「お母さんを見殺しにしておままごとしてたやつが親? ふざけないで!」 <<社長! 社長はどこだ!? 助けてくれよ!>> 「ここにいますよ」
人工音声がどこからか響く。
「誰!?」
どこからか液体が流れてくる。黒い液体は人のような形を取り、私達の目の前に現れる。
「調整に少々遅れてしまいましたが、源郎様が時間稼ぎしてくれたおかげで間に合いました」
私達は即座に距離を取り、警戒する。
「私はCDE社社長システム自律機動兵器プロトタイプ、"ダークネス"です。初めまして」 「初めまして……???」 「貴方が社長という訳ね、ホームページに行っても社長の顔写真がないなんて不思議だと思った」 「私が社長というのは社内機密でして」 「で? 貴方がテロ組織に協力している理由は?」 「そうした方が人類は発展できるためですよ、使われず評価されただけの兵器、無駄じゃありませんか? 極限環境においても機能する技術、沢山用意すべきだと思うのですよ。故に私達の会社は表向きではインフラ投資やサイボーグの開発メンテナンスをする傍ら、技術の更なる発展として確認出来うる全ての武装組織に技術提供を行ってきました。恐らく疑問に思うかもしれませんが、私達はSNSにおける全人類のビッグデータを解析して導き出した結果です。世界は平和なままでは発展できない。常に戦争状態をどこかで起こすことこそ人類の技術の発展につながるのだと。なので私達の兵器には何のライセンスもなく、誰もが自由に利用できるように開発してきたのです。私達CDE社はこれを裏の企業理念として兵器開発を行ってきました。提供している組織がどこなのかは第六層の社員には通達していませんでしたがね。ですが、CDE社のライセンスをパーツについていたのは驚きでした。流石に全社員に企業理念を徹底できないのは私のミスとしか言いようがない。ですので遅かれ早かれどこかの会社から攻められることは予見していました。ですがライジングゼロ社とは、いやはや、数奇な運命とはこのことでしょうか。私達は常に戦争状態を起こすために人型にも技術提供をしていましたが、その人型を破壊することに特化していた会社が襲ってくるとは思っても見ませんでした。サイボーグ達は破壊されるだろうと思っていましたが、強化兵全てを破壊して回るイレギュラーがいるとは想定外でした。しかも人間が。いや、貴方人間ですか? まあいいでしょう、私の計画に支障はない。何故ならば貴方達はここで死ぬのだから」 「???」 「駄目だ、三波がパンクしてる、三行でお願いできる?」 「常に戦争を起こせば世界の技術はさらに発展できる。 その為に武装組織に技術提供をしてきた。 計画に支障が出るイレギュラーはここで消す」
ああやっとわかった、この人が何をやろうとしているか。
「さ、させないよ。この会社がやろうとしている事は絶対に止める」 「止める、止めるですか……出来るものならやってみなさい、無理ですからね」
そういうとダークネスは肩から機銃の銃口のようなものがせり出してきてこちらに掃射してくる。
「おいやめろ! 俺もいるんだぞ!!」
脳のパッケージだけになっている源郎が叫ぶ
「もう貴方は兵器を売る顧客ではありません、用済みです」 「なっ……」 「そうですね、私の糧にでもなってもらいましょうか」
そういうとダークネスは機銃の掃射を止め、源郎に近づいていく。
「やめろ、やめてくれ! 助けてくれアトラ!!」
アトラは源郎を無視し、ダークネスは源郎を取り込む。
「アゲェァ!!」 「……さて、参りましょうか」
液体が避雷針のような形になり、上空に雷を撃つ。
「何を……!?」 「いえ、もう終わりました」
しまったと思い、回避をしようとするが遅かった。
高速で飛んでくる雷など回避不可能だ、私は雷に直撃し、そして……死んだ。最後に聞こえたのは私の名前を叫ぶアトラの声だった。
「……!」
声が聞こえる。
「……!!」
誰だろう……懐かしい感じ。
「三波!」
……お……姉……ちゃん?
「三波、まだここに来ちゃだめよ」 「そうね、三波にはまだやり残したことがある」 「私達の分まで生きて欲しいんだ、三波」
……私に居場所をくれたお姉ちゃんたちが語り掛けてくる。
「さぁ、立ち上がれ! 三波!」 「貴方には守るべき人がいるわ」 「本当は私達も貴方の代わりに戦いたいけれど、三波じゃなきゃダメなんだ」
そうだ、私じゃなきゃダメなんだ、あそこで止められるのは私しかいない。
「立ち上がれ! ヒーロー!」
……そうだ、三波は市民の英雄。 こんなところで立ち止まれない! この命、まだ燃やし尽くしてない! 死ぬにはまだ早いんだ!
「三波……三波ッ!!」 「無駄ですよ、既に生命活動を停止しました、朱雀山三波は死んだのです」 「諦めない、諦めるものか……! 心臓マッサージでもなんでもしてやる!」 「……快晴、ですか……女性が死ぬにはいい天気だ。風情がある」 「……三波!!」 「馬鹿な、心臓は停止した筈!?」 「誰が、死んだって?」
武器は、武器はどこだ、黒鷲の槍だけじゃ足りない。もっと力を! 武器、武器……バイクに置いてきた開けてない武装!
「飛翔!」
バックパックが屋上まで飛んできて立ち上がる私の背中に装着される。
「ハローワールド。私は秩序の執行者。貴女の力を補助する目的で作られた補助兵装です」 「そっか、絶対お母さんの作ったやつだな……アトラ、下がってて」 「ええ……」
アトラはヘリポートの端まで下がる。これで一対一だ。
「貴方は……本当に人間ですか?」 「驚きついでに教えてあげる……私はかつて全ての兵器を管理運用する端末として作られた完全なる人造人間! ライジングゼロ社の極秘中の極秘プロジェクトの産物! 力は殆ど制限されてるし対応している兵器は今となっては時代遅れなものばかりだけど、今も随時サポート武器を更新中!」 「そんな馬鹿な!? じゃあトライウェーブとは……!?」 「そう、三波がトライウェーブだよ!」 「秩序の執行者! 私に力を!」 「イエスマイマスター」 「この雷は避けられまい!」
ダークネスが避雷針を体からせり出し、雷を上空に飛ばす。 そして落雷。しかし私はその場所にはいなかった。
「消えた!?」 「後ろだよ」
私はバックパックから沢山のブースターがまるで翼のように吹き出し、ものすごいスピードで後ろを取る。
「ならこれはどうだ!」
ダークネスは自身の身体から沢山の針を出し串刺しにしようとするが、空を飛び回避する。
「くっ!!」
ダークネスは更に大型のミサイルを体から生み出し、アトラに向けて発射する。
「くっ、卑怯者!」
すぐさま射線に割って入り、槍で十字に斬る。 爆発に巻き込まれるよりも早くアトラを抱えて空を飛ぶ。 相手は私に反応しきれてない、チャンスは一瞬だ。
「アトラ、対物ライフルを持って」 「こう?」 「うん、行くよ!」
私は秩序の執行者の武装であるビーム砲を持ってダークネスに近づく。相手が反応するよりも早く真後ろを取りビーム砲を斜め上に向けて撃つ。ダークネスのコアらしき物体が露出する。
「今!」 「――――――――――ッ!」
アトラの対物ライフルがダークネスの再生よりも早くコアを撃ち貫く。
「あ……ガ……!!」
人の形に形成されていた黒い液体は力を失い、ただの液体に戻っていく。 私達は戦いに勝利した。
暫くすると、無線が徐々に騒がしくなっていく。 私が今どこにいるか確認するような声が聞こえるけど知らない。 私は装備を全部床に落とし、疲れて座り込む。
「終わったね」 「うん」
夕日だけが、私達を照らしてた。
あとで知ったことだけど、私達の損耗は兵器くらいで、人間やウルフといった人的損耗はゼロだった。 CDE社は今回の企業間戦争をもって完全に解体され、技術者は同業他社が引き抜いていった。 今回の戦いでたんまり戦闘データが取れたことで、開発部はそれはもう凄い実績を上げたらしい。 私達はというと、また普通の警察としての仕事に戻っていくことになるけど。
座り込んでいた私はアトラに近づきながら言う。
「ねえ、結婚のことだけどさ」 「えっ、ななななに!?」 「お母さんに相談しようかなって思ってるんだ。まだ成人したばかりでまだまだ子供かなって思うし」 「えっ、うん、いいんじゃないかな」 「アトラ、顔が赤いよ? 疲れた?」 「いや、確かにダークネスとの戦いで疲れてはいるけど! そうじゃなくて!」 「あ、そうだ」 「なに三な……ッ!?」
私はアトラに抱き着いてキスをする。アトラが倒れこみ、私が上を取った格好になる。
「……はぁ! なんでこんなところで……!」 「大丈夫だよアトラ」
「今は夕陽だけしか見てないからさ」
ハイビスカスの幕開け 完。
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