江の島臨時海軍基地 1月3日8時00分
東京での作戦失敗の後、私の部隊は周辺にいた残存勢力を集結させた。何とか小隊と呼べるレベルまで復帰したが、怪我人も多いようで、房総半島部隊はリーダーが瀕死状態だった。新島部隊は装備、戦力共に余力があるようなので、この部隊を中心に編成されることになった。私は激戦区旧首都東京を生還した部隊として、この小隊の最も重要なポジションに回されることになった。そして作戦を立案したある新兵が今回のブリーフィングの進行を務める。私は物覚えが悪いので戦いの中でしか覚えられない。さて……なんて名前だったか。
「あっ、ではブリーフィングを始めます。進行は私、新兵イベリスが担当させていただきますね」
そうだ、イベリスだった。
"閃光"……コードネーム閃光の鱏は列車で輸送され、その後北上していき、そこから先は見失ってしまった。今の部隊の状況ではこれ以上は限界だ。後は私達でなんとかしろというのだろうか。
「空中要塞閃光の鱏の攻撃で私たちの戦力の殆どが奪われてしまいました。まともに戦えるのは、今ここにいる人たちだけです。それに放棄した新島に人型が集結しつつあるという情報があって、これを無視するとエリアTK攻略に支障が出るかもしれません」
私達が臨時編成を組んでいる間に敵は本格的な部隊を編成している。ご苦労なことだ。
「そこで、今回の作戦を説明しますね。エリアYKは私たちがいる江の島とエリアTKの間にあるのですが、ここには人型の補給基地が急増されていて、大量の物資が備蓄されています。私たちは港を攻撃して、駐機している爆撃機や基地施設を破壊、その全機能を停止させてください。そうすれば、エリアTK奪還の足掛かりになるかもしれないし、何より物資が手に入ると思います」
「ここを奪取できなければ?」
「ええ、物資が底をつきますね。なのでお願いしますね、朱雀山さん」
「……」
空軍は現状戦闘機が存在しない上、爆撃機のみで襲撃させるわけにもいかない。航空支援なしで補給基地を襲撃しようという魂胆か。
「主要幹線道路としていた場所には三つの橋が架かっていて、人型部隊による厳重閉鎖が行われています。ここを突破して兵站ルートを確保します」と言いながら資料を渡されるが、
「難しいことはわからないわ、倒す目標を逐一言ってくれれば」
「んもう、それじゃ私が作戦を立てた意味がないじゃないですか」
「他の人に伝わっていればいいわ」
イベリスは困った顔をして私が読むべきだった資料をしまう。私はイベリスの頭をなで、私の手を見る。昔は女性らしくきれいな手だったが、今は固まった血や泥や油がこびりついてしまっている。
「今回の作戦は二方向の作戦区域があって、私達は南方面から進撃します。作戦中はアルファでコールさせてもらいますね」
私は思考を止め、作戦準備に入った。
10時20分。
私はイベリスと組んでアルファチームとして南方方面に到着する。昔繁栄を築いていた都市も破壊されて、海とビルの残骸だけが横たわっているのだが、橋の向こうにはプラントらしきものがいつの間に建造されており、なるほどこれが補給基地ということか。
<<こちらオペレーターのオーナー。アルファチーム、攻撃目標は幹線道路沿って布陣している。作戦を開始せよ>>
まず、輸送をルートを封鎖して基地との連絡を絶たねばならないが……ビルの瓦礫から犬のようなポーズをとった人型が六体飛び出してくる。背中には皆砲台を乗せている。新型か、だがわかりやすいタイプだ私はイベリスを抱えて物陰に隠れる。
「ふわぁぁぁぁ!?」
イベリスがたじろぐ。
「人型と会うのは初めて?」
「未だに慣れないです、なんで冷静でいられるのですか?」
「別に冷静じゃない、慣れは判断力を鈍らせる。感情を抑制しすぎても判断力の低下になるそうだけど」
「でも、不意に何かが出てきたくらいで大声をあげてもらっても困る」
「ごめんなさい、普段は後方支援担当で、実戦はあまり……」
「なら私の後ろに隠れていなさい、作戦に戻るか、これを預かっていてくれる?」と言いながら戦車砲を渡す。さて、新しいオモチャを試すか。
「まるで鉄塊だ」
「それは確か……ザンバでしたか?」
「切る馬なんてここには一匹もいない、馬みたいなポーズをしている奴もいるしそいつに試してやるか」
「賭けしよう、人型の指揮官が出る方向は?」
「右で」
「じゃあ私は左」
「生きて帰ってくださいね?」
「気にしなくても全員生きて帰らせる」
そういって私はザンバに魂を吹き込む。
人型はこちらを見つけ早々に尻尾でバックパックからグレネードを取り出し投射してきたが、ザンバを横向きしてバットの要領で撃ち返す。そして跳躍し一体の人型にザンバを刺して着地し、そのままハンマーのように振り回し周囲の人型に人型の質量をそのままぶつけて敵を吹き飛ばす。ザンバを引き抜き、そのまま振り下ろして刺していた人型を一刀両断する。人型の一体から砲撃されるが、拳の裏で砲弾をそらし後ろの人型に当てる。
「もっとよく狙いなさい」
見た感じ体を使った攻撃か、砲撃、グレネードしかできないタイプだ。さっさとバラしてしまうに限る。ザンバを地面に突き刺して身を翻し人型の突撃を躱した私はそのまま頭を蹴り飛ばして粉砕する。
「次!」と見てみたらイベリスが私の戦車砲で最後の一体が倒された後だった。
「新型と言っても歯ごたえがないな……」
そういっているとコールもなしに通信が入る。
<<流石ですねぇ!電光一閃!>>
私は会社から唐突にかけられた無線に応対する。
「……なに?私は忙しい」
<<どうですか、私の新型の武器の性能は!?>>
相変わらずハイテンションで疲れる。適当に応対するか。
「悪くない」
ライジングゼロ社の研究部の彼女は私たちの武装を提供している。
……が疲れる。コールもなしに通信するのもやめてほしい。
<<本当ですか!新型の振動発生器がちゃんと機能しているみたいですねぇ!>>
「体感的にはあまり差を感じられないけど」
<<どちらかと言えばエネルギー消費量を改善してますので、長時間の作戦に適切かと!ライキリは補給できない場所では不向きですから!>>
あの状況でライキリを渡してきたのか。
「そう、用がないならもう切る」
<<ちょ、ちょっと待ってください!>>
「まだあるの」
<<次の作戦までに今まで使っていた武器を改良して返却しますので!>>
「そう」
通信を切る。
「へぇ……電光一閃」
気が付けばイベリスがこちらに近づいていた。
「何?」
「中々クールじゃないですか」
「戦場に名前なんて意味ない。過去に執着するつもりもない」
「つれない人……」
「なんとでも言え」と言っていると、クレセントがのこのこと一体だけでやってくる。
「どうして自衛隊の兵器ばかり出てきますかね」
「なんででしょう……さあ、どう料理します?」
手で少し口を隠しながら笑い、イベリスが話す。
「楽しそうね」
「機動兵器攻略は得意なんでしょう? ギャラリーとして楽しませてもらいます」
「作戦中なんだけど」
「私新兵なので、それに、余裕なんでしょう?」
新兵を大事な作戦に参加させるな。と思ったが、立案者が彼女で作戦書は事細かに敵の動きを読んで作られていたらしいので、何も言うことはない。私の表情がそれほど呆れているように見えてたのか、イベリスは「隠れますね」と言い物陰に隠れる。
クレセントはどうやら滑空砲を積んでいるようで連射精度は低いながらも弾幕を張ってくる。私も物陰に隠れ、何とかやり過ごす。
「あれは汎用マニピュレータ用の兵装かしら、あれを回収できます?」
気が付けばイベリスは巨大な腕のような機械を右腕に装着していた。これで私の戦車砲を撃ったのだろう。
「やってみる」
弾幕が止んだのを計らってクレセントの懐まで一気に駆け寄る。機銃による弾幕をザンバで防ぎ足まで到達したら、ザンバを地面に突き刺し、それを軸にして回転蹴りをかまして足の装甲を破壊する。クレセントが怯んでいる隙にザンバを抜き、滑空砲を避けるように真っ二つに両断する。
もう動かないだろう。
「汎用滑空砲、通称カノンですね! 旧式の汎用兵装ですが生産性の高さから今でも傭兵を中心に運用されていて機動兵器の主兵装として活用されています、火力は高いのですが建築物の破壊や対装甲などの貫通力は低く、また連射性も低い……」
勝手に通信をかける奴は切るに限る。
イベリスはマニピュレータでカノンを片手で持つ。エラー音が鳴るがイベリスがマニピュレータを操作するとアンロックが表示される。しかし中々の大出力だ。恐らくビルのシャッターなどもひねりつぶせるだけの出力はあるだろう。
「じゃあそれで支援をしてもらう」
「分かりました」
戦車砲は取り回しが悪い、大型の兵器くらいにしか使わないし、正直置いていきたいが……人型に使われるのも癪なので背負うことにする。
「さぁ、行きましょう!」
イベリスは、えぃ、えぃ、おー!というポーズを取り、私についてくる。
「……」
「どうかしました?」
「いや、初々しいなと思って」
これからどんな顔を浮かべるのだろう、という言葉はやめた。
<<一つ目の関門を突破、アルファ隊はそのまま作戦を続行しろ>>
<<ウィルコ>>
二つ目の関門の突破の準備をする。レーダーを見ると……重装備型の人型が二体と……犬か? 犬のようなポーズをとっている人型ではなく、正真正銘の犬の機動兵器だ。
<<オーナー、新型だ、犬がいる>>
<<分かった、解析をする。解析が終わるまで待機>>
奴らはこちらに気づいていないようだ、距離もあるし私達も目視しない限り気付かなかっただろう。
<<解析完了、コードネームは残忍な戌、人工知能搭載型の機動兵器だ>>
<<人工知能搭載型? 他の機動兵器は遠隔操作型なのに?>>
<<ああ、人間の操作を受け付けない、完全に独立した機動兵器だ>>
そういえばクレセント自体は陸自が十分な訓練を受けてないものでも扱える戦車として開発されたものだったな。
<<構造としては犬と同じように頭がセンサー類と頭脳に当たる部分になっており、体が所謂エネルギーをためている場所になるだろう>>
<<尻尾は?>>
<<ああ、マニピュレータだ。背負った武器を持つことができる>>
「ふむ……」
面倒くさいな。
<<倒せるか?>>
<<微妙>>
<<円香はトロいからな>>
「……」
帰ったら覚悟しろよ。
<<しかし、ここで足止めを食らっているわけにはいかない。残忍な戌を撃破して工場までのルートを確保せよ>>
<<はいはい>>
「イベリス、人型を排除」
「了解です」
一発、機動兵器が持っているものだけあって反動が酷い。イベリスの体を押さえて反動を減らす。人型の頭がはじけ飛んだので撃破を確認する。もう一発、敵が狼狽えている間に二発目を発射する。人型の撃破を確認し、最後の残忍な戌を狙う。
「最後の一体……!?」
カノンを撃った時、瞬時に残忍な戌の姿が消える。
「ちっ!」
私はイベリスを置いていき、敵がいたところに向かう。
「よく来たな、電光一閃」
残忍な戌をよく観察すると、人工筋肉によってしなやかなボディを持ち、背中には……レールガンユニットらしきものが搭載されている。
「お前、人類の味方である機動兵器じゃないのか」
「裏切れば私というデータは消される、大人しくやられてくれないか?」
そういうと残忍な戌は高周波ナイフを飛ばしてくる。瞬時にザンバで弾く。牽制にしてはやる気が感じられない。
「断る、立ちふさがるなら容赦しない」
「仕方ないか……ならこちらも」
そういうと尻尾でレールガンユニットを持ち、臨戦態勢を取る。
「死にたくないのは皆同じ、あとは意地の勝負だ」
「機械の癖に人間臭いな、お前」
レールガンが光を放つ、発射してくることが分かったので顔をそらして一発目を回避するが、発射された衝撃波で体が横へ吹き飛ばされる。
「がぁああ!!」
転げまわりながらも体勢を立て直すが二射目の音が聞こえていた。しかし、これは本来体が倒れるところだった場所に予測して撃たれたものだったので、回避には成功する。顔を上げて残忍な戌を見ると既に三発目の発射の合図でレールガンユニットが輝いていた。
「なにっ!?」
「三発だ、三発撃って生き残ったやつはいない」
だが三発目を撃とうとしたとき、イベリスが撃ったであろう砲弾が残忍な戌を直撃する。装甲で弾かれてしまうが、衝撃で体勢を崩し、レールガンユニットは見当違いの方向に向かって発射され弾は虚空に消えていく。反撃のチャンスだが、武器は全て修理に出していてザンバと戦車砲しか積んできていない、どちらも正直残忍な戌のような速い敵には不向きだ。
そういえば、残忍な戌が放ったナイフがあるじゃないか。私は武器を捨てて低空で跳躍し、落ちていたナイフを手に取って砲弾が当たった所へ投擲する。装甲を破壊し中の本体が露になる。しかし、既にレールガンは発射可能な状態だった。こちらに向けている。イベリスの支援も射線を塞いでしまって期待できない。一発だけなら避けられる。だが次はどうする?
「散れ!!」
私は回避行動をとりながら、拳銃を取り出す。普段なら機動兵器には使わないのだが、ここまで装甲が損傷しているならば致命傷になる可能性がある。
「お前が散れ!!」
体の装甲が覆われていない部分に向かって拳銃が火を噴く。体を貫通し、反対側の装甲で止まるが勝負はついた。電池を破損し残忍な戌の動きが途端に鈍くなる。
「燃料漏出……戦闘継続……不可能……」
そして残忍な戌の光が失われ、倒れこむ。
<<クリア、南方方面の敵は殲滅した>>
オペレーターのコールが届く。
<<了解、作戦は成功だ、輸送隊の到着を待って帰投しろ>>
<<RTB>>
海が綺麗だ……自分達の戦いが嘘のようだ。
「終わりましたね」
イベリスが話しかけてくる。
「ああ」
「何か考えているのですか?」
「新しい機動兵器……あいつは人型とは違った」
人型の管理下に置かれてまるで本物の犬のように飼い殺しにされていた。自己を確立していた奴にいつ殺されるかわからない状態で戦いを強いられるのは残忍な戌自身は不本意だったはずだ。それに機動兵器は元々人類の為のものだ、奴は人類側だとはっきりと公言していた。誰が奴を人型どもに流した? それとも、作られた時点で工場を乗っ取られてしまったのか。
「いや、やめよう」
「???」
イベリスはよくわからないという顔をしているが、私としてはもう終わった話だ。
<<もう三周忌も過ぎたか>>
オーナーの一言で思い出す。戦いに明け暮れて気が付けば娘達が人型に殺された日を忘れていた。
<<そうだな……>>
平和だったら、この海を見せられただろうか。
今となっては……
「綺麗だ、本当に」
人類はお互いを争いで失いつつあった。
そこで生まれたのが人工知能によって戦争を起こす新たなビジネスだった。人工知能同士が兵器を操り、人工知能同士が新たな兵器を作って、人工知能同士が戦う。
人工知能はいつからか存在意義を探して人類に戦争を仕掛けてきた。かれこれ五年はこの状況が続いている。
最初は機動兵器をジャックして動かしていた。だが、いつの日か、人間そっくりに作られた兵器達が人類を襲うようになった。
理由はわからない。
だが一つ確かなのはある。
そいつらはどいつもこいつも私の娘の顔そっくりだったということだ。
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