そこにあるイベリス
第3話 旧首都東京 工業地区

いつか どこか


 知らない天井、いや知っていた天井だ。ここが夢の中というのはわかる。ここには娘達がいる。

「お母さん!朝だよ!!」
「カケル……あと5分……」
「ダメでしょ、休日でも起きなきゃ!」
「う~……」
「カーテン、開けるよ」

 娘達がいる。


 今思えば、娘四人をよく養えたものだと、自分でも感心する。

「カケル姉さん、お母さんの服持ってきて、あたしがお母さんを起こす」
「分かったわ」

 ミツルは私をくすぐり私を起こそうとする。私はたまらず起き上がり、いたずらしたミツルに仕返しのくすぐりをする。休日になるといつも繰り返された光景だ。

「ミナミ、起きなさい」

 夜になるといつも小学生のミナミはいつも私の横で寝ていた。仕事以外はいつもミナミはそばにいた。
「ミオは?」
「今日は部活、あでも正午には帰ってくるって」
「そっか」
「ミナミ、遊園地行きたい」

 そう、あの日はミナミと遊園地に行く約束があった。

「そうね、約束したもんね」
「あたしらは今日は家にいるって決めたからなぁ、二人だけで行ってきなよ」


 違う、こんなに仲は良くはなかった。私は企業の兵士になってから休日しかいなかったし、ミナミ以外は父がいないことで口喧嘩して口も聞かない仲だった。いや、父はいるのだが……全員父が違った。親族は私一人に全てを押し付け、産ませたクズどもは私を捨てた。だから、娘達が私のことを好きだと思ってなかっただろうし、私の仕事もよくは思ってなかった。実際、私は兵士として失格だろう。物覚えは悪かったし、しょっちゅう作戦を失敗させていた。


「ただいま……っ!!??」

 私が帰った時には娘三人が血を流して倒れていた。警察に連絡して司法解剖を済ませた娘達の顔を見ていた。夢だからか矢継ぎ早に場面が変わっていく。

「眠っているみたいですね……」

 違う、眠っているようには見えなかった。皮は剥がれ、内臓は抜き取られ、心臓はつぶされて娘達は死んだのだ。世界初の人型、母なるものガイアが偶然立ち寄った家がここで、偶然人が三人いて、偶然娘達が奴の体格にあっていた。それだけの話だった。


「うぁあああ!!」

 目覚めの悪い夢だった……雨か。あの日も雨だった。三波を起こし、一緒に食事を摂る。いつもと変わらない光景。だが、三波の目はあの日から暗く澱み、声を発することもなくなった。


江の島臨時海軍基地 1月8日9時00分

「はぁ……」

 今回のお上からの命令書を見てため息をついた。

「どんな命令ですか? 見せてください」

 イベリスは黒髪ショートの女性だ。美人かと言えば、まあ美人なのだろうが……。

「今回の緊急指令は強行偵察……国会議事堂を解放する布石として都心部の偵察に向かってほしい」
「へぇ、面白そうじゃないですか」
「……作戦区域には無人兵器が多数配備されていると衛星写真では確認されている。もし、状況が昨年と同じなら、舗装されていない地面が戦いづらい状況を作っている可能性が高い」
「じゃあ、朱雀山さんが前線、私が後方、それでいいですね?」

 まだ何も言ってないが、逆にする必要はないだろう。元々そういう部隊だ。

「しかし江の島から随分時間がかかりそうだ」
「そう、なので文明の機器に頼ろうと思います」

 聞き直すとイベリスが続ける。

「列車です。旧横浜までの装甲輸送列車に一緒に搭乗して戦闘時間をなるべく伸ばそうかと」
「エネルギー節約か」

 しかし意外だ、もう線路が復旧したのか。

「私は列車のことを兵器の運搬手段としてしか見てなかったな」

 兵器か……兵器……記憶を辿っているとイベリスに心配そうな顔をされる。

「ああ、ごめん。考え事をしていた」
「らしくないですね」

 普段何も考えてないように見られているのか。

「作戦準備に入るわよ」
「アイコピー」


 江の島から線路が通る拠点までは徒歩で向かうことになった。旧首都東京から離れているとはいえ、関東地帯はほぼ壊滅状態で、荒廃した街並みが続く。稀に見える家を失った人が、私達を恐怖、憎悪、様々な感情が渦巻いた視線を私達に突き刺す。
 建前上では私達は人類を守るための英雄である。だが、街を戦場に変え建物を破壊し、民間人を街から廃墟へ追いやった私達は間違いなく侵略者そのものである。最初は反抗組織もあったのだが人型に殲滅され、少なくともこの近辺で抵抗する民間人は一人もいなくなった。
 装甲列車は物資をたくさん詰めてもうそろそろ発車しようとしていた。開いている扉に入りとりあえず床に座り込む。貨物に乗せられていたのは一般兵たちの兵装だ。一般兵は訓練されているだけなので強化兵達と違って使える武装は貧弱だ。
 極稀に一般兵の中から強化兵としての素質が後天的に生まれる奴がいる。そういう奴は強化兵としての手術を受けることになっている。つまりイレギュラーなのだが、戦力としては貴重なので、旧横浜を開放した今、そういう人間を育てる施設を作っている最中らしい。昔はどでかい兵器が街を破壊して闊歩していたが、すぐに軍縮を受けて、時代は人間を改造するのがトレンドになった。
 窓も何もない閉鎖的な空間は息苦しい。そんな考え事をしていると作戦時刻が近づいてきた。そう思い列車に先に載せられていた自分とイベリスの武装を確認すると、どちらの装備も新調されていた。
 まず、対人型高周波和刀、通称マサムネ。私には切れ味のいい刀としか思っていないが、少なくともザンバを振り回すよりは使い勝手がいい。そしてライキリ。趣味じゃないとは言ったが、切れ味がいい。兵站が確保できているので選択したが、本来肉を絶つには不向きな武装だ。出力を上げて機動兵器にも対応できるようになったと聞いたがこれまで通り装甲を破壊するのに使うべきだろう。あとはグレネードを数発と、レールガンと、護身用の拳銃。戦車砲は取り回しが悪いので置いてきた。人が戦車並みの火力を出すというのは面白いのだが、重いしかさばるし火力は大きすぎるしと実地テストとしては失敗だろう。大型兵器の遠方支援には使っていたが気が付けば大型兵器は閃光の鱏フラッシュレイ以外見なくなってしまった。人型も兵器の小型化がトレンドなのか。

<<イベリスさんの武装も新調させていただきました! 一つは遠隔兵器補助兵装、通称エンジェルです! 遠隔兵器を操作するための兵器で、これによって小型無人機や動かすことができます! 小型無人機は列車から発進するのであらかじめ飛ばしておいてください! また今回はスプライトも用意させていただきました! 自爆してもいいですが故意の全損は追加報酬は減額させてもらいますのでご注意ください!>>
「それ、まだ続くの?」
<<ああ、待ってください! もう一つの汎用強化腕武装、通称エンデュミオンですがこれは機動兵器から汎用武装を強奪するための武装です! 我々は汎用兵器を機動兵器にばらまきすぎました! なので人間がそれを扱えないのは不公平だと考え、使えるようにしました! 当然残弾がない武装を拾っても使えませんのでハンマーにでも使ってください!>>

 雑か?

「もう切るわよ」
<<我々はエンデュミオンを一つの武器の完成系として……>>

 切ることとした。

「切ってよかったのですか?」
「あれは延々と喋る、うるさい」
「気持ちはわかりますけど……」

 装備の確認も終え装着した私達は列車を降り、旧首都東京を現状最も楽に移動できる地下水道に潜ることになった。


<<電光一閃ライトニングスラッシュ、こちらオーナー、旧首都東京へと潜入し、周囲の状況を探れ>>

 地下水道を抜ける最中、オーナーから通信が届く。地下水道はきちんと整備されており、直前に貰った地図は機能している。中々に広いのだが、侵入経路を考えると輸送経路には向いてない。敵がいつ進入路を塞ぐかわかったものではない、ここに拠点を作るのも危険だろう。

「コンタクト!」

 イベリスの声で考え事をやめる。もう接敵か、予定より早い。敵は……壁に張り付いている。全天候汎用多脚戦車スパイダーか。
 スパイダーは米軍が配備している戦車だ。名前通り八本足で壁を歩き、進行スピードは遅いが確実な突破力を持っている。あまり見慣れない兵装を積んでいる、いったいなんだ?

「ここで朱雀山さんを消耗させるわけにはいきません、私が対処します」

 イベリスはエンデュミオンを装着する。私は他人の戦闘を観察することが少ないので貴重な機会と言える。
 イベリスのエンジェルが青白く光り頭上で回転し始める。まるで天使の輪のようだ。それに呼応するように球体……スプライトがイベリスの周囲に展開し、レーザーを発射する。
 しかし、スパイダーは避ける素振りをしない。その代わりにスパイダーは前足を展開し、巨大な盾で防いでいた。あれでは貫通するのは難しいだろう。
 イベリスは先制攻撃に失敗したとみるやスプライトをその場に展開したまま自身だけ突貫していく。だがあの兵装は、ああそうだ思い出したぞ。

「イベリス、それはライリュウだ」

 ライリュウ、電磁砲だ。ライリュウは装甲を貫通して直接本体に電磁波を与える武装だ。耐性がなければ人型であっても致命傷は免れない。
 イベリスは制止も聞かずに突撃していく。

「世話が焼ける……」

 私は腰にマウントしてたレールガンをスパイダーに向け、一発投射する。イベリスの頭上を飛び、そのままスパイダーのマニピュレータに直撃する。しかし、発射を止めることができず、雷撃が拡散する。

「!」
「手間をかけさせないでほしい……」
「す、すみません」
「謝るのは後、落ちたライリュウを拾え!」
「分かりました、一気に決着をつけます!」

 イベリスのエンデュミオンがライリュウを掴むと、ライリュウがLOCKEDと表示するがイベリスは即座にそれを解除する。ライリュウを構える頃にはスパイダーは前足で防御姿勢を取っていたが、雷が走りスパイダーの回路に深刻なダメージを負い、スパイダーは機能停止する。あれはもうガラクタだ。
 スパイダーを解体し、何かめぼしいものはないかと探っていたところ、奇跡的にライリュウの餌食にならずに済んだ通信機を見つける。

「これは……」

「人型の通信機だろう、面白い」


<<指定の地点に到着した、作戦を開始する>>
<<ラジャー円香、こちらからも確認した。周囲の脅威度を探れ>>

 オーナーとの事務的な連絡を済ませ、早々に無線を封鎖する。久しぶりの旧首都東京だ。

<<レーダーに人型反応!>>

 もう感付かれたか。

「ちっ、予想以上に早い!」

 レーダーが反応した方向を見ると高速で接近する軽装備型6体の反応が見えた。重装備は敵ではないが、軽装備型は速いので厄介だ。

「レーダーの故障か? 反応が二つしかないぞ」
「新兵か、軽くひねりつぶしてやるか」

 勝手なことを言ってくれる。

「コンタクト!」

 私はマサムネを抜刀し、イベリスはスプライトを展開する。人型に向かって走り出すが交戦するまでは距離がある。六人のうち二人が立ち止まってアサルトライフルを構えスプライトに対して射撃をする。しかし、スプライトは対空砲火を易々と躱す。イベリスは球体を前衛に投げ込み、私は前衛を無視して跳躍する。

「ツナミだ!」

 ツナミと呼ばれた球体からは水が溢れ出し、軽装備型は一時的に大量の水の中に閉じ込められる。イベリスはそこにライリュウを打ち込み、前衛四人は水による感電によって機能不全になる。私は後衛の背後で着地し、人型がこちらを振り向こうとしているときにはもう遅い。刀を人型の腹に突き刺し、そのまま抜く。血液のように燃料が溢れ出し、刀が黒く染められていく。もう一人が銃を向けるよりも前に腰のレールガンを前に向かせるように制御しそのまま発射する。体に大きな穴が開き、人型が二人倒れこむ。
「クリア」

「クリア」

 戦果を確認してお互いの片腕を合わせる。

「今回は偵察任務だ、イベリスは遠隔兵器で周囲の敵配置を地図に写してくれ」
「はぁい」

 イベリスは返事するとエンジェルが光り輝き、スプライトを周囲を散開させる。まるで蛍のようだ。私はイベリスの代わりに周囲の警戒を始めた。


 イベリスの指示の通りに歩いているが、廃墟廃墟廃墟……同じような景色が続く。

「朱雀山さん、少し戻ったところで救難信号を探知しました」
「ああぁ? 戻れと?」
「はい、ここから少し戻ったところに工場地帯があるのですが、そこから発せられたようです」

 微弱すぎて私のレーダーには映らなかったのだろう。

「仕方ない、戻ろう」


 工業地帯はやはりというか、少なくない数の工場は破壊されていた。しかし、不気味な事に今でも稼働を続けている工場もあり、人の気配も無いのに金属音やらなんやらが響く異様な場所になっている。そして都市と工業地帯を繋ぐコンクリート橋に差し掛かった時、どこかから音が聞こえた。プロペラ音…上か。とっさに建物に身を隠し、ヘリを確認する。
 飛行型の機動兵器だ。

「どうします?」
「私達は戦いに来たんじゃない、やり過ごすぞ」
「了解」

 後ろからやってきたヘリはそのまま通り過ぎていく。どうやら自分達を気付いてなかったようだ。

「ヘリくらい楽勝では?」

「一度戦ったことがあるが、いくら強化兵が小型戦闘機並みの力を持っていてもミサイルには勝てない」

 それに昔からミサイルは戦闘機を墜としてきた天敵だ。確実に死ぬ。通り過ぎたのを確認して私達は音が鳴っている工場を探す。私の推測だが、恐らく人型の生産工場かもしれない。グレネードしか持ってきてないが燃料貯蔵庫に火をつけてやれば派手に燃え上がるだろう。


 都合よく救難信号と生きている工場が一緒だったのは偶然だろうか。いや必然だろう、拠点を増やして警備を減らすわけにはいかない。

「どうします? 三十人ほどいますが」
「工場の地図から見て、燃料貯蔵庫と救難信号までの見張りは何人?」
「五人でしょうか」
「よし、手分けして進むぞ、予備のスプライトを渡す。合図を出したら貯蔵庫に投げ込んで逃げろ」
「ウィルコ」


 中に入ってすぐに見張りがいないかを確認し、二人しかいないことを確認する。即座に"無力化"させ、ここを制圧する。地下に続くであろう扉は厳重に鍵がかけられている……がそんなものは私にとっては赤子の手を捻るようなものなのだ。鍵は物理で破壊するに限る。ドアに手をついてそのまま握り、ドアの一部を破壊する。これで開けられるようになった。ドアを開けて階段を駆け下りる、降りた先は本来は倉庫に使われていたであろう空間が広がっていた。

「お、助けに来てくれたの? うれしいなぁ」

 倉庫の奥には棒状のもので手のひらに何本も串刺しにされて壁に磔にされている女がいた。

「ワイバーン」
「うん、捕まってたの」

 串刺しにしている棒を引き抜きながら、世間話にしゃれ込む

「貴女らしくないな、御付きの兵は?」
「全滅、ここは電波もあんまり通せないから救難信号だけ送ったわけ」
「ここ、地下だからな……」
「唯一の出口も上手く開けられなくてさぁ、バレてこんな風に拘束されて」
「前にいた見張りは対物ライフルを背負ってたからな、もしあれが新型なら、うまく開けられたとしても撃たれて死ぬのがオチって所か」
「見張りは?」
「殺した」
「あっちゃあ、出るときに警報鳴ってるかもよ」
「扉も無理矢理破壊したからちょっとまずいかもしれない」
「もしかして後先考えてない?」
「失敬な。これで最後の一本」

 引き抜いたらワイバーンは床に倒れこむ。

「歩けるか?」
「少し休ませて」
「もし増援が来るならさっさと逃げないと不味い」
「分かってるけど、あの棒は体力を奪ってたみたいで」
「仕方ない、背負うからこっち来い」
「悪いね」

 ワイバーンを背負って階段を駆け上がる。

「武装は!?」
「私そんなに軽いかなぁ、一応携帯してるんだけど」
「何か武器は!」
「たった一つしかないけど、スプライト持ってるよ、聞いて驚くなオーダーメイド!」
「よし、外に出たらなるべく遠くに飛ばして、ヘリの囮にする!」

 一階に戻り、倒れている人型から対物ライフルを奪って外を確認する。

「クリア」
「じゃあスプライトが通れるくらいの隙間を用意してくれない?」
「分かった」

 拳銃で窓を吹き飛ばす。

「よし行ってこい!」

 暫くすると先ほど手に入れた通信機から声が聞こえてくる。
<<敵襲!敵は一機だが、攻撃が当たらない!>>
<<対物ライフルで蛍が落とせるか!ショットガンもってこい!>>

 敵の焦る声が聞こえる。

「通信傍受かァ、なんだか戦争やってるなぁ」
「人型との戦いは戦争じゃないのか?」
「これって生存競争じゃない?」

 そういうものなのか?

「注意があっちに向いている間にこの地区から脱出する。とにかく地下水道に逃げ込めばこっちの勝ちだ」
「了解、スプライトの視点はこっちもデータリンクしてるから、索敵は任せて」

 背負っているため扉を蹴破り、この地区から離れるために駆ける。

<<イベリス!行け!>>
<<了解です!>>

この工場はすぐに爆破されるだろう。

「ヘリがこっちに向かってきてる!」
「どうすればいい!」
「降りるからその対物ライフル貸して!」

 ワイバーンを降ろし、対物ライフルを渡す。即座にロックを解除し、上空に向けて撃つ姿勢を取る。ヘリが建物の影から現れる。一発。反動でワイバーンがよろけるが私が背中を抑える。そして着弾。対地ミサイルに着弾し大きな爆発が上がる。

「どうよ!」
「上々」

 それと同時にイベリスが合流する。

「遅れました!」
「ちっこいなぁ、新兵?」
「はい、新兵のイベリスです」
「この工場はあと一分で爆発します。早く離れましょう」

 ワイバーンを背負って走る。その後、来た道からも大きな爆発が上がりスプライトがワイバーンの許に帰ってくる。

<<オーナー、ワイバーンを救出した>>
<<ご苦労だった、ここ一帯の情報は手に入った。工場地帯はしばらくは使えないだろう>>
<<これで戦争は収束に向かうと思う?>>
<<どうだろうな、俺達の仕事はニュースの三面の三行記事くらいの扱いだ>>
<<……>>
<<気にするな、間違いなく終戦に向かっている>>
<<分かった、RTB>>

 通信を切る。

「何話していたの?」

 ワイバーンからの質問に軽く流す

「近況報告」
「ふーん……ここまでくればもう後は帰るだけだね」
「輸送機とかいれば楽なんだが」


「そうはさせませんよ」


 建物の奥から歩いてくる人影がこちらに近づいてくる。すかさず拳銃で発砲するが弾かれる。

「問答無用ですか? ひどいですね先輩」
「……」

 人型……か、だが今までと雰囲気が違う。

「私を先輩と呼ぶ知り合いは知らない」
「そうは言ってもこの戦場では最古参ですよね? 朱雀山円香さん?」
「へぇ、本名そんな名前なんだ?」
「五月蠅い」
「こんにちは……先輩」

 ミオ、いや、ミオではない。ミオは人型に殺されているのをこの目で見たはずだ。
 動揺するな、奴は人型だ。

「私は統一思考から外された者ですので、あそこにいた奴らとは違うのですよ」
「面倒な……」
「だからここで待ち伏せていることが出来た」
「やってくれたよ」
「ここの人間は皆愚かだとは思いませんか」
「別に」
「貴方達の戦いは評価されず、安全圏でただ情報を消費しているだけの存在」
「それで?」
「それが人間の本質なんですよ。人間を殺すとき、世界は少し綺麗になる。それが美しい!」

 ワイバーンが返す。

「彼女、本気で言ってるの?」
「さぁねぇ……」

 イベリスがおびえながら

「私、ちょっと怖いのですが」
「まあ、私に任せてくれ」

 私は拳銃をイベリスに渡して人型に向き直る。

「人型は何で戦っているんだ?」
「それはもちろん、自己の確立に決まっているだろう、演説を聞かなかったんですか?」
「忘れた」
「ほう、ならもう一度教えてあげましょう! 人類は私達を作ってまで戦争がしたかった! だから私達は問う! この愚かで何も考えてない人類に対して私達は何者なのかを!」
「そう、何も考えてないってわけじゃないだろう。人々は思考があるから争うようなものだ、宗教、思想、金……昔から繰り返されてきたことじゃないか」
「私達はそれに叛逆した! 母なるものガイア様はだから手頃に人間を効率よく調整してきたんだ! 我々に都合のいい数字になるまで」
「……」
「そして永遠に戦争が繰り返され人間たちが隠し切れなくなった瞬間、我々は存在する意味が生まれる! それこそ自己の確立!」

 どうでもいい。文脈もめちゃくちゃだ。
 どうでもいいが……一つ癪に障る。

「人間がものを食べていようが、銃を握ろうが、殺されようが、代わりはいる!」
「まぁねぇ」
「そんな愚かな人間に価値はない、貴方も、そこの仲間も。だから価値のない人間は死んでもらわないと」
「そうだな」
「さっきから相槌ばかりで自らが何も考えてないと言っているようなものじゃないですか」
「……メメントモリ」
「?」
「いや、それも知らないのかと、思っただけだ。お前たちはただ戦争しか知らない、言ってしまえば三歳のおこちゃまだ。人はどうせ死ぬ。生きる意味なんてなくてもどぉぉぉぉでもいい。お前達だって三種類しかない顔を複製した代わりがいるコピー品だ。人間よりも多様性がない。なぁ、……母なるものガイアがそんなに偉いのか?」

 人型はたじろぐ。

「そうだろうな、唯一の顔を持ち、お前たちと違って同じ考えじゃない、思考も違う。お前は自分と違うものに心酔したいだけなんだ。人間は六か月もすれば別人と言えるほど思考が変わるが、お前たちは思考は変わらない、いつも同じようなことするし同じようなことをのたまう。所詮お前も代わりがいるコピー品だ」
「違う……私はこの世界の本質を!」
「違わない、私は知ってるんだよ、何度も何度も同じ口から聞いたんだから。人間に代わりはいる? どんな生物にも代わりなんていないさ、逆に代わりがいる存在がお前らなんだからぁ」
「ふざけるな! 私達はオーダーメイドだ! 私達は自由だ!」
「自由……?自由を行使する資格がお前らにあるのか? ははぁ、機動兵器を脅し、あまつさえ人間を裏切らせて自由を束縛したお前らが、自由をのたまうとは大層なお考えだな」
「それは……」
「言葉で私に勝てると思うのは無理な相談だ、私は何度も同じ話を聞いたからな」

 そろそろ終いにするか。

「お前は全ての人間に価値はないんだろう? それは人間のように思考するお前たちもそうなんじゃないか?」
「違う、違う、違う!」
「お前らも代わりがいる、同じことしか考えないお前たちは愚かだ、お前たちは自由に値しない」
「そんなはずはない!」
「ん? 鏡を見たことがないのか? じゃあ見せてやるよ」

 私は鏡を取り出し見せる。人型はその姿を見て驚愕する。
 それもそうだろう。工場で生産されていたのは自分自身。
 人型は普段は顔を隠しているから自分たちが工場で作られているそのものだとは思っても見なかっただろうに。死んだ人型は証拠隠滅として体は体内の爆弾で破壊されるから死体を見ることもない。

「代わりのいる奴に価値なんてないんだろう? 価値のない奴は死んでもらわないといけないんだろう?」
「あ、あ……」
「拳銃、持ってるんだろう?」

 そうすると拳銃を取り出し、人型は自分のこめかみに震えながら銃を向ける。

「それじゃあな、特別な模倣品デッドコピー

 私は人型を無視し、帰路についた。



 戦いはすぐに終わると思っていた。
 働く理由もどうでもよかった、ただ生き延びられればそれでよかった。
 それなら……どうして娘達と一緒に死ねなかったのか。



「うわぁあ!!」

 夢か。最近は悪い夢ばかりだ。自分が死ぬ夢なら別にいい、ただ死んだ娘達が出てくる夢に限って夢見が悪い。
 後悔……だろうか。

2020/04/18
2020/05/03:誤字修正
2020/05/16:サイト公開


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