そこにあるイベリス
第6話 旧首都東京 国際空港跡

国会議事堂 臨時病棟 1月23日7時00分

「はっ!」

 見慣れない天井だ。

 右を見ると時計が置かれており、どうやら長い間眠っていたようだ。

「八日か……」

 そして、左手に温かい感触を感じたので左を見ると、三波が私の手を握ったまま眠っていた。

「三波……」
「三波ちゃんは毎日ここにきて手を握っていたんだぞ、朱雀山」

 声をかけられ体を起こすと、久しぶりにオーナーの姿を確認した。

「こうして対面するのは久しぶりだな朱雀山。今日から作戦だ、出れるか?」
「ああ……なあ、私はまだ母親か?」

 問いに問いで答えると、オーナーは煙草をふかしながら答える。

「その左手が答えだ」
「そうか、そうだったな」


国会議事堂 朱雀隊臨時待合室 1月23日10時00分

「これが前回の作戦結果です。ちゃんと見ておいてくださいね」

 私はそう言われ前回の作戦結果に目を通す。どうやらまた酔狂な兵器と戦ったようだ。

「いやぁ、あの時は本当にしんどかった、高所恐怖症と六百段の階段を駆け上がるダブルパンチはきついって」
「高所恐怖症だったら先に行ってくださいよ、置いていきますから」
「いや、新兵一人に任せるわけにはいかないでしょ」
「私もいたが」
「そうだったね! 忘れてたよ」
「ふむ」
「で、集まってるってことは作戦があるってことか?」
「はい隊長、緊急出撃命令が来ました」

 イベリスの言葉で周囲の空気が一気に冷める。

「現在、大田区国際空港跡で人間と人型による大規模な戦闘が展開されています。国際空港跡は長らく人型の拠点として何度も攻めて失敗してきました。しかし、主要な拠点は制圧し、残るはこの国際空港跡になったことで"ルビコン作戦"が発令され進撃が開始されました。私達も援軍として参加する予定です」
「これで最後ってわけね、やっと楽できるのかな」
「はい、この作戦が成功すれば人型との戦い自体に終止符を打つ機会を得ることが出来るかもしれません」

 そういうとイベリスは持っていた地図を広げる。

「それで、空港なのですが」
「隠れる場所がないな、どこにいても撃たれる危険性がある」

 即座に狼が分析する。

「流れてくる銃弾は弾くしかないな」
「無茶苦茶言うね兄弟」
「強化兵は銃弾くらいなら反応できますからね。基本遠距離狙撃は大砲でも持ってこられない限り大丈夫でしょう」

 一人で戦ってきた私だったが、気が付けば仲間が一人、また一人と仲間が増えていた。

「よし、じゃあ行きますか」

 私達は前に用意されていた装甲車に乗り、作戦区域に急行することにした。

旧首都東京 国際空港跡 1月23日12時00分

 味方の無線がひっきりなしに届く。だいぶ混戦して……いや、敗色濃厚か。

<<こちらオーナー、作戦本部より入電。人類軍の戦力は六割を切った>>
<<了解、あと数分で到着する>>

 イベリスの運転は静かで、これから行く戦場とは対照的だ。

<<強化兵、強化兵の増援はまだか!>>

 味方の困窮する無線が届く。このまま黙っているわけにもいかないが、これ以上車が飛ばせるわけでもない。

「兄弟、さっきから通信がうるさいが、味方は大丈夫なのかい?」
「四割やられた。敵は未知数」

 ワイバーンは指をさして言う。

「わぉ、そいつはバッドだ」
「着きました! こんな規模の戦闘は見たことありません!」

 滑走路には折り重なった何かが放置されており、激しい銃撃戦が展開されている。時々戦車がレールガンを撃ち、人型をなぎ倒していくが、それでも尚人型は新たに展開されていく。

「フレスベルグ、敵は空港から次々と送り込まれている、何らかの生産工場がある可能性が高い」
「そのようだな。朱雀隊、作戦開始だ。川を超えるぞ!」
「了解」「あいよ」「ウィルコ」

 装甲車から降り、主戦場となっている滑走路へ向かう。

「まずはこの戦線を押し上げる! 撃てる弾は全部打ち尽くせ!」

 ターミナルまで戦線を押し上げないとこのままではジリ貧だ。

<<援軍はどこの隊だ?>>
<<識別情報を確認……朱雀だ! 援軍は朱雀!>>

 味方が沸き立ち、士気が上がる。自分の評価の高さが見て取れる。どう考えても自分より戦闘経験が上の人間もいるとは思うが。
 レールガンを撃てば撃つほど人型が倒れていく。しかし、撃ちすぎて砲身が焼き付き、暴発寸前の状態に陥る。

<<隊長、弾が切れました!>>
<<こちらワイバーン、スプライト残り僅か>>

 隊の面々も様々な理由で遠距離支援が困難な状況になる。

<<ウルフ、敵の残量は?>>
<<あまり減ったとは言えない、どうするフレスベルグ>>
<<無理は無茶でこじ開ける、格闘戦を展開する! ウルフは私達の後方で遠距離支援、三人でターミナルまでの道を切り開く!!>>

 そういうと、朱雀隊が了承するだけでなく、味方も銃撃しながら数十人規模で突撃を開始する。

<<ついてくるものは自殺志願者として扱う! 死んでもただでは死ぬな! 前のめりになって死ねーッ!!>>

 私は突撃を開始した。後ろからは機動兵器や戦車がじりじりと戦線を押し上げているが、それでは足りない。人類の為にここで死んでやる覚悟が彼らには必要なのだ。
 私はライキリを回しながら銃弾を弾き、敵の群れに入っていく。
 イベリスは倒れた人型から武器を奪い、敵の群れに入っていく。
 ワイバーンはマサムネを振り回しながら敵の群れに入っていく。
 三者三様にして、各々が地獄を形成していく。

<<建築物破壊用槌、通称アイアンバスターですね! 一度地面を叩きこめば>>

 イベリスが通信を聞いていたが私が切ることにした。

<<あの! まだ使い方を聞いてないのですが!>>

 イベリスは人型に囲まれるもアイアンバスターを振り回し一気に包囲を突破する。それにしてもバカでかいハンマーだ。戦車すら潰し壊せるのではないか?エンデュミオンはどれだけの出力を持っているのだ。

<<ハンマーなんだろ、とりあえず振り回せばいいじゃん!>>

 ワイバーンは蹴りやマサムネを斬撃で人型を破壊していく。スプライトの支援もあって、こちらもこちらで集団戦には問題ないように感じる。
 私は……跳躍し、二人の戦闘を見ていた。そしてライキリに電力をチャージし、着地と同時に地面にライキリを叩きこむ。八本の雷柱が発生し轟音が響いたと思うと、周囲に雷が拡散し、広範囲の人型が行動不能になる。
 ワイバーンが手を止め私に指をさして言う。

<<クール!>>
<<それはどうも>>
<<今のは危なかったぞ、あと五百メートル近づいていたら私も巻き込まれていた>>
<<味方の損害がない距離まで飛んだから気にするな>>
<<ふむ>>

 今はただ戦線を押し上げることに注力する。

<<電光一閃ライトニングスラッシュ、なんて奴だ! 彼女の一声で戦況が変わった>>
<<悪魔か?>>
<<魔王だ……>>
<<そんな生易しいものじゃない>>

 味方の畏怖の無線を聞いてワイバーンが答える。

<<こういうのはね、死神アズライールって言うんだよ>>

 隊長を死神呼ばわりとは恐れ入る。

<<こちらオーナー、大型機動兵器接近中、海からだ!>>

 海から? 潜水艦か?

<<解析を始める、朱雀隊は戦線を維持せよ>>

 海が水飛沫を上げその巨体が露になる。

<<蛸だ>>
<<は? 蛸ですか>>

 その姿は装甲を沢山まとった蛸というほかなく、腕の先端には何らかの砲門らしきものがついている。その砲門が朱雀隊に向けて光を放つ。

<<フレスベルグ。ビーム砲だ、避けろ>>
<<退避!>>

 私が後ろの味方に向けて後退を促し回避すると、ビーム砲が飛んできて射線上にいた味方が消える。

「クソッ!!」
<<解析終了、コードネームは煌雨の傘レインアンブレラ、弱点は胴体にあるエネルギー貯蔵庫だ>>

 成程、外見だけでなく内部も蛸に似せて作られているようだ。感心したのもつかの間、煌雨の傘レインアンブレラは口から黒い気体を噴き出してくる。戦場が黒い霧でおおわれるが、害がないように感じられる。そこにウルフがそばまでやってくる。

「通信ができないので近づかせてもらった。この霧は電波を遮るジャミング効果を持っているようだ」

 無尽蔵に吹かれたらたまったものではない、味方が今どこにいるかもわからない状況になってしまった。しかし、それは人型も同じであった、視界を遮られ見当違いの方向に銃弾が飛んでいく。

「オーナーとの通信も途絶えたか……ウルフ、どうすればいい」
「まずは足を切断だ、これを使え。対機動兵器高周波太刀、通称斬機刀だ」

 二メートルを超える高周波ブレードを渡された。

「ライキリを預かろう」

 そう言って尾で私のライキリを自分の背中に乗せる。

「それと、先程から人型の動きが単調だ。後続の人型は誰か一人によって操られている印象を受ける」
「となると、煌雨の傘レインアンブレラが指揮官と考えるのが妥当か」
「ああ。その剣なら大型機動兵器でも負けることはない、行ってこいフレスベルグ」

 私は跳躍し霧が晴れる所まで飛ぶ。煌雨の傘レインアンブレラの頭、いや胴体が無防備にさらされているのでそこに向かって飛ぶ。
 が、腕がそれを遮る。流石に煌雨の傘レインアンブレラはこちらが見えているようだ。一筋縄ではいかないか。

「邪魔だ!」

 腕が近づいてきたところで斬機刀を振り下ろし、切断する。着地し、煌雨の傘レインアンブレラが後退しながら霧を噴き位置が把握できなくなる。
 そこにウルフがまた傍までやってくる。

「フレスベルグ、位置はわかるか」
「まったくわからない、そもそもウルフはどうやって私についてきているんだ」
「跳躍距離からの予想進路で算出しているが、着地音で位置を修正している」
「だったら、煌雨の傘レインアンブレラの位置も特定できるんじゃないか?」
「いや、難しい。奴は空中を浮遊している上、ビームも無音だ」
「同じことを七回繰り返さないといけないか」
「七回もやらなくていい」

 何故と問いかけると

「先程も言ったが斬機刀は大型機動兵器に負けない。残り七本も容易に切断できるはずだ」
「分かった、今度はもっと深く飛んでみる」
「行ってこい、朱雀の死神アズライール

 私は再度跳躍し霧が晴れる所まで飛ぶ。今度は読まれていたようでビームを撃ちながら腕が進路を遮る。自分の体を斬機刀の重さと勢いに任せて回転切りをする。目が回る、目が回るが進路にあった腕は次々と切り裂かれていき、本体まで到達する。

「これで終われ!!」

 煌雨の傘レインアンブレラの胴体に斬機刀を突き立ててそのまま胴体から降りるように走っていき煌雨の傘レインアンブレラを切り裂いていく。
 着地し、後ろで大爆発が起きる。着地していた先には人型が取り囲んでいたが、一体、また一体と停止し、徐々に霧も割れていく。
 静かになった戦場は煌雨の傘レインアンブレラが燃え盛る音だけが残されていた。


旧首都東京 国際空港跡ターミナル 1月23日14時00分

<<ターミナルの制圧はほぼ完了した。後はこの部屋だけだ>>

 ウルフの報告を聞いて壁を叩く。

母なるものガイアの姿が見えない、どこに消えた!」

 そうして最後の部屋のドアを開ける。が、誰もいなかった。あったのは一つのカプセルだけ。

「わぁ、懐かしい、練習時代に使った全身VR機器クラインじゃないか、これ」

 ワイバーンが目を輝かせながら言う。
 イベリスがカプセルを確認する。

「作動中。対象者、"朱雀山三波"……」

 なんだって?
 イベリスが操作するとカプセルが開き、空の状態であることが確認できる。

「まずい、これ以上近寄るな、誤作動を起こすぞ!」
「えっ?」

 その瞬間イベリスはカプセルに吸い込まれ、カプセルの扉が閉まり、床に格納されてしまう。それと同時にオーナーからの通信が入る。

<<こちらオーナー、緊急事態だ。三波ちゃんが攫われた!>>
<<何!?>>
<<最後尾の装甲車にいたのだが、装甲車の中はドライバーと民間人が殺された凄惨な現場だったが、三波ちゃんだけはいなかった。攫われたとみていいだろう、ドライバーの最後の映像を送る>>

 映像には槍を持ったカケルの顔した人型がドライバーの兵士を刺し殺そうとしている場面だった。最後に三波を俵持ちで抱え何処かへ過ぎ去っていく。

<<フレスベルグ、三波とは何者だ>>

<<私の……娘だ>>

2020/04/21
2020/05/03:誤字修正
2020/05/19:サイト掲載


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