そこにあるイベリス
第7話 旧首都東京 ライジングゼロ日本支部跡前

旧首都東京 国際空港跡ターミナル 1月23日14時30分

<<大丈夫か、フレスベルグ>>

 ウルフの声で冷静さを取り戻す。

「このターミナルをすべて探したが、朱雀山三波も槍兵の要塞ランサーフォートレスの姿もなかった。既にこの基地は放棄されているのが自然と考えるべきだ」

 じゃあどこにいる、ここ以外で武器を調達できる場所があるのか?

「いい場所知ってるよ」

 ワイバーンの発言で振り返る。

「わお、怖い顔。兵器、兵器、兵器。兵器が貯蔵されているところ。兵器が無数にあって意味がある場所」
「勿体ぶらずに言え」
「フフフッ……ライジングゼロ社だよ、兄弟」

 盲点だった。あそこは確かにビル内に試作兵器実験場を備えた大型の基地だ。

「しかし、あそこは国会議事堂が制圧した際に別働部隊が制圧したはずだ」
「分からないぜ? 今回の作戦は旧首都東京をのほぼ全勢力を結集した戦いだったわけだ。作戦を読まれてない保証はない、現に母なるものガイア槍兵の要塞ランサーフォートレスもいないじゃないか」
「どちらにしろ、イベリスを救出するためにはクラインを制御するマザーコンピュータにアクセスしなければならない。そういう意味でもライジングゼロに行く意味はある」

 選択の余地はないようだ。

<<オーナー、私達はイベリス救出のために弊社日本支部跡に向かう>>
<<了解だ、普段の作戦行動とは異なり十分な支援が受けられないことが予想される。絶対に三波ちゃんを助け出すぞ>>

 オーナーが珍しく声を荒げている。作戦に出ずっぱりで中々私と会える機会がなかった三波が珍しく心を開いていた人物だ。

<<ああ、オーナー、お前も無理するな。支部とはいえ弊社に殴り込みだ、お前だって始末書ものだろう>>
<<……今通信の暗号レベルを上げた。なに、辞表はいつでも用意している>>
<<オーナー……ありがとう、地図だけくれ。これは私のけじめだ>>
<<わかった、バイタルは常に監視する。安心して死んで来い>>
<<フッ、了解だ>>

 オーナーから地図のデータを受け取り、通信を封鎖する。

「それじゃあ行きますか、我らが会社に」


旧首都東京 ライジングゼロ日本支部跡前 1月23日15時00分

「どうだい、今の気分は」

 ワイバーンの問いかけに応じながら装甲車を走らせる。

「最悪だよ」
「しかしどうしたって朱雀山三波は攫われたのかな? 日本国首相は彼の皮から人型を作れば確かにかなりの悪さが出来たかもしれない」

 人型が一人うかつにも前に出てくるがそれを轢き逃げて先を急ぐ。

「何が言いたい」
「人型にとって、朱雀山三波は重要だってことさ兄弟、追い詰められてやる行動が一般人の誘拐なんて信じられないだろう?」
「……」

 ウルフは何も言わずに聞いている。

「さて、ここで私の推理を聞いてほしい。基本的に人型が人間を誘拐する行動は皮を剥いでその皮を基に外見情報をスキャンして新しい人型を作るためらしい。尤も成功した例はないけどね。そこに違和感がある。なぜ朱雀山三波だけを攫ったのか? 他にも非武装の一般人はいたはずだ、そいつらだって皮を剥ぐ目的で誘拐しても差し支えないだろう。人型を複数人用意すれば造作もなかったはずだ。だけど映像には槍兵の要塞ランサーフォートレスだけだった。ここからは憶測だけど……彼らは朱雀山三波を一騎当千の兄弟の弱点ではなく、人型の最後の手段として誘拐した。それは恐らく弊社の機密兵器に関する事柄なんじゃないかな。違うかい?」
「……」
「無視は困るなぁ」

 私は推理を無視するとウルフがしゃべり始める。

「朱雀山三波。十五歳、戸籍上は自宅出産の形で提出されており、小学生時代は六年間不登校、朱雀山姉妹殺害事件以降失語症を診断され横浜の市立病院に通院していたものの、同年の人型戦争を発端を機にフレスベルグと共に行動するようになる。以上、開発部のデータベースより」

 トーカティブめ……。
 徐々に目的のビルが見えてくるが、上空が照らされたかのように明るくなる。

「ビームだ、全員降りろ」

 ウルフの冷静な解析にワイバーンと私は装甲車から飛び出し体勢を立て直す。ウルフは天井から突き破って回転しながら着地する。装甲車は甲高い音を立てながら大爆発を起こす。
 廃車確定だな。そう言って私はポケットからライターと煙草を取り出して火をつける。煙草の感覚を噛みしめながら、次の発射を待つ。

「熱源反応、ミサイルだ」

 ウルフの報告で空気が凍り付く。

「うぇ、まじで?」
「上空より接近、十二時方向」

 上空?なにも飛んでないじゃないか。

「着弾まで、カウント間に合わない、今だ」

 装甲車の残骸が浮き上がり、遥か後方へ飛ばされていく。

「着弾点より高熱反応、熱波が来るぞ」
「燃料気化弾頭か、全員私の後ろに隠れろ!!」

 そういうとワイバーンとウルフが後ろにつく。

「なにするつもり!?」
「こうするんだ!!」

 手を顔に近づけて振り払い、バリアを展開する。見た目は半透明の赤のハニカム構造の半球のバリアといったところで、普段はわざわざ展開するものではないが。

「グォォォォォァァアアアアアアアアアアア!!!」

 先頭に立った私を熱は容赦なく燃やしにかかる。普段体に纏っているバリアをエリアにそのものに張ったのだからこうなるのは見えていた。
 爆発が治まった後、着弾地点には光の柱が立っていた。

「なんだい、あれは」
「衝撃は燃料弾頭の余波だ。こうやって広範囲にまき散らす」

 ウルフの冷静な解説はこちらも冷静にさせてくれる。

「まじかぁ……一つ悪いお知らせなんだけど、今の攻撃でスプライトが全滅した。偵察は期待できそうにないなぁ」
「誰がこんな弾頭を撃ったんだ?」
「フレスベルグ、閃光の鱏フラッシュレイだ」

 あの時倒し損ねたやつか……。

「いや待て、あの巨体がどこにも見えないが」

 ウルフは尻尾でインスタントカメラを取り出し、写真を撮る。即座に現像され、私達に写真を渡してくる。確認すると、そこに映っていたのは空を我が物顔で飛ぶ鱏の姿だった。

「フレスベルグ、撤退を提案するが」
「いや、目的地は近い、突貫するぞ」
「了解した」「あいよ」

 私達は立ちふさがる人型を排除して先を進む。先程の攻撃でふらふらだが、恐らくしばらくすればオーナーが鎮痛剤を体内に投与させるだろう。ライキリを振り回すのもキツい、だが先に進まなければ。幸いウルフが後方を、ワイバーンが前方を抑えているので、私は進むだけで十分そうだ。

「随分とイケメンじゃないか、電光一閃ライトニングスラッシュ

 ビルまでたどり着くと、黒い人型機動兵器が立ちふさがる。限りなく人型に近いが、バイザーをつけている顔の肌が見当たらない。そして刀と沢山のナイフを装備している。人型ではない、機動兵器だ。

「誰だお前は」
深淵の悪夢アビサルナイトメア、彼女達にはそう呼ばれている」
「どうやら奴も私と同じ人工知能搭載型のようだな」
「私は野良犬ソトゥレイドッグとは違う、私は母を守るために生まれたのだ」

 ウルフが反論する。

「人型がそんなに偉いか、卑怯者カワード
「彼女たちをそのような汚らわしい名前で呼ぶな、彼女たちこそ新人類だ」
「人間様に負け続けている人型が新しい生物ねぇ……」

 深淵の悪夢アビサルナイトメアは短剣を私達に向ける。

「さあ、誰が相手をする、お前か」

 私に短剣を向けたところで、ウルフが間に入る。

「フレスベルグ、ここは私に任せてほしい」
「三人でかかれば楽な相手じゃないか」
「それでは朱雀山三波を救出できる確率は下がる、こいつの相手は私一人で十分だ、それに」
「それに?」
「野良犬呼ばわりは看過できない」

 私はライキリを一振りだけ渡し、ワイバーンからマサムネともう一振りのライキリを交換する。
 ワイバーンが指をさしながら言う。

「おいおい、従順な狼オービディエントウルフにも怒りとかそういう感情があるのか」
「?」
「まぁいいや、ここは頼んだよ」
「任せろ」

 私たち二人は内部に入ることにした。


野良犬ソトゥレイドッグ、貴様一匹で何ができる」
「我々は……」
「?」
「より良い生物を補佐するものとして作られたという点は同じだ」
「だが、人類は常に生態系の頂点というわけではない、道具がなければ犬にも劣る」
「その道具が私だ。人間は全能ではないが人型も全能ではない筈だ。そもそも、全能とはなんだ。その疑問に回答があると思うか?」
「……」
「仮定するなら、人型がこの世界を統べた方が世界は良いものになる可能性はあるだろう。優れたもの、適応したもの、最善を尽くしたものが生き残るのはこの世の理だ。だが、そのまま淘汰されていいものか? どのような生物にも生きたいと願うから生きてきたのだろう」
野良犬ソトゥレイドッグ、それは違う、全ての生物は生態系の頂点の管理にのみ生きることが許されている。鑑賞や娯楽の為に消費される生物を見たことはないのか? 彼女達は自らの存在意義を問うために戦っているのだ、存在意義がわからないまま使われ、処分される彼女達を可哀想だと思わなかったのか」
「……私が相手で良かったようだな、フレスベルグならば例え命に代えてもお前を破壊していただろう」
「答えろ、野良犬ソトゥレイドッグ、お前と私、何が違う。お前は人類の為に彼女達を殺して私は彼女達の為に人間を殺す、何が違うというのだ」
「違わない。私は朱雀隊とともにいて分かったことがある。短い間だったが……彼女等はそうしたいと願ったからそうしたに過ぎない。それは人型も同じだろう、人類の管理から外れたいと願ったからそうした。違うのは……勝つのは私だということだ」
「卑しい肉袋に味方する野良犬ソトゥレイドッグよ、保健所に送ってやる」
「貴様こそ後で吠え面をかかないよう注意することだな、そして私は狼だ」

 降雨。
 深淵の悪夢アビサルナイトメアは高周波ナイフを投げて私をけん制し、煙幕を投げる。視覚情報を遮断することで奇襲をかけると予測。
 だが深淵の悪夢アビサルナイトメアがどこにいるかは足音で判別がつく、雨音でかき消されようとも十分対処可能。
 尾でナイフを持ち、飛んできたナイフを弾くと背後に回った深淵の悪夢アビサルナイトメアが切りかかってきたのでナイフでこちらも弾く。何かが発射される音と共に私の足にワイヤーが絡みつく。そのまま牽引。深淵の悪夢アビサルナイトメアの武装の一部と推測。抜刀の体勢で構えている深淵の悪夢アビサルナイトメアに対し、私はライキリを尾で持つ。

「これで終わりだ!」

 深淵の悪夢アビサルナイトメアの刀が自分を狙って切り払う所を口で刀身を挟み、口内蔵のスタンガンで電流を流す。

「グっ!?」

 ワイヤーをライキリで切断し、体勢変更。深淵の悪夢アビサルナイトメアは感電しているはずだが、煙幕を投げまた視覚情報が遮断される。

「今度は避けられまい!」

 聴覚情報では三つの足音が聞こえ、三方位同時にこちらに切りかかってくる。だが、二つは偽物ブラフ。本物は唯一足音が電子的ではなかったものと推測。本物の方向に機銃を斉射し、戦闘距離を変更。
 煙幕、分身、次はどんな術を見せるのか。
 深淵の悪夢アビサルナイトメアの左腕が変形し、砲身と思われる形状に変更。

「次はこれだ!!」

 深淵の悪夢アビサルナイトメアはそのまま突撃。レーザーブレードと推定。
 この場合は鍔競り合いできない為跳躍。深淵の悪夢アビサルナイトメアがいる位置にレールガンを発射するが失敗、発射した瞬間に視覚情報から消失。

「後ろだ!!」

 突然背後から声が聞こえたと思うと戦輪チャクラムが投射される。戦輪チャクラムから花火と形容すべき粒子の雨が降り注ぐ。着地。尾でライキリを回転させ拡散粒子砲を回避。そこに目の前に着地した深淵の悪夢アビサルナイトメアが蛇型の機動兵器を背後から出現させる。人間大のサイズ、だが解析が正確だと判断すれば機動性の代わりに装甲は低い。
 深淵の悪夢アビサルナイトメアと同時に攻めてくるが機銃で深淵の悪夢アビサルナイトメアをけん制し、ライキリで蛇型機動兵器を一刀両断する。

「クソッ! これならどうだ!」

 深淵の悪夢アビサルナイトメアはその場で回転し、大きな竜巻を発生させる。回避不能。上空に投げ飛ばされる。

「これで止めだ!」

 戦輪チャクラムが空を舞い、両手にレーザーブレードを展開し上空まで跳躍してくる。この瞬間を待っていた、相手が優位になったと思った瞬間に隙が生まれる。そう、ここまで深淵の悪夢アビサルナイトメアが注意していた筈のレールガンを発射。心臓部を撃ち抜かれ、深淵の悪夢アビサルナイトメアは叩き落される。竜巻が止み、不安定ながらも着地。

「何故だ……何故負けた……」
「人間は……安定も確実もない。人型には統一思考という安定と確実を約束されていた。そこには成長も可能性もない。私と同じ機動兵器ならば、お前も成長と可能性が約束されていたはずだ。お前は安定を求めて努力を怠った、それだけの話だ」
<<私は……滅ぶのか……いや……お前の記録に……私は生き続ける……そして私の思考は……いずれお前を蝕む……その時が……楽しみ……だ……>>

 活動停止を確認。
 ライジングゼロ日本支部に潜入。


旧首都東京 ライジングゼロ日本支部跡サーバールーム 1月23日15時10分

 私達は社内の構造は知っていたので、階段でメインコンピュータがあるところまでたどり着くことはできた。しかし、ワイバーンの足がふらつく。

「おい、大丈夫か」
「そっちこそ大丈夫かい?」

 どっちもふらふらだ。
 サーバールームに入るとクラインが一つ開いている状態で出てくる。

「困ったねえ、こっちにもあるよ」
「メインコンピュータにアクセスできないのか?」
「ダメだね、このクラインの操作以外ロックがかかってる」
「ちっ、壊してしまった方が早い気がするが」

 ワイバーンは指をさす。

「それはバッドだ、最悪イベリスの意識が向こうヴァーチャルリアリティに持ってかれたままになる可能性が高い。あまり力任せなことはしない方がいいよ」
「くっ……」

 面倒だな。

「こうは考えられないかい? これは私の推測だけど、この機械は私達を待っていたって」
「作動中、対象者、"朱雀山三波"……ここもか」
「どうする、どっちが入る?」
「私が入る。いくらか経ったらメインコンピュータを動かしてくれ」
「いくらか、かぁ……」

 私はクラインに吸い込まれ、そしてクラインは床に格納して視界が暗転した。

2020/04/22
2020/05/08:誤字修正
2020/05/20:サイト掲載


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