東京 朱雀山円香宅 12月28日6時17分
……見慣れた天井だ。 昔はこうやっていたような記憶がある。 戦地を転々としてた私には見慣れた天井なんてものはなかった。この三年間、生き残るために必死だった私は暇さえあれば出撃とVR訓練を繰り返していた。だから、気が付けば最古参になっていた。同じ日に志願した者は全員死んだ。
「おはよう、お母さん」
横にいた三波が既に起きていたのかカーテンを開けようとする。
「ミナミね、一人で起きれたんだよ」 「おーえらいえらい」
三波の頭を撫で、ベッドから起き上がる。 ……三波の声を聞くのも三年ぶりだ。 リビングに向かうとカケル、ミツル、ミオの三人がもう自分たちのご飯を各々作っていた。
「あ、起きた」 「どうしたの?」 「なんか信じられないものを見たって顔してる」
おかしい、私はクラインにダイブしていたはずだ。だが戦争、母なるものガイア、人型、強化兵……さっきの時計でまだ起こる前だったことも全て記憶している。そういえばワイバーンには少ししたら出してくれと頼んだ記憶がある。 今日は……カケル、ミツル、ミオが母なるものガイアに殺される一週間前だ。あまり時間はない。私は急いで娘達四人に駆け寄る。
「カケル、ミツル、ミオ、ミナミ」 「んー?」 「なに?」 「はい?」 「お母さん?」 「今まで本当にありがとう、愛してるわ」
ミツルが一番先に口を開く。ミツルは運動が得意なスポーツ部の助っ人だった。彼女の父は精神病院に送られ、面会謝絶状態だ。
「突然どうしたの、っていうか先日喧嘩したのにそっちから口きいてくるなんて珍しいじゃん」 「ああ、うん。ごめんね、お父さんには会わせられないの」 「うん、もうわかってるよ」
カケルの方を向く。カケルは白い髪が原因でいじめられても気品を損なわない強い子だ。彼女の父は再犯で今も牢の中だ。
「カケル、お父さんは今は牢の中だから面会はできるけど、見に行きたいというなら止めはしないわ」 「ええ、わかりました……?」
ミオの方を向く。ミオは警察官になりたいと言って文武両道を貫く子だ。彼女の父は裁判で判決が出たのち、自殺している。
「ミオ、お盆になったらお父さんの墓参りに行こう、そしたら何か変われると思うから」 「ああ、はい」
ミナミの方を向く。ミナミは引きこもりだ。人を怖がって学校にも行けない子だ。 彼女は私が守らないといけない。
「ミナミは?」 「ミナミ、来週には遊園地に行こうか」 「やった!ミナミ遊園地大好き!」
とにかく、自分から切り出せなくて後悔した言葉を三年越しに言うことが出来た。クラインの中とはいえ、私はここで人生をやり直せるんじゃないか? それなら、私にはやるべきことがある。出来ることがある。
東京 ライジングゼロ社 10時00分
「おはようございます」 「おはよう円香!! 今日は凍結した機密兵器の代わりになるものを遂に実験に移すことが出来そうです! 早ければ数か月で実戦に送れるかもしれない、紛争の形が変わりますよ! いやぁ、これが出来れば私もノーベル賞とれちゃうかなー!?」 「ああ、はいはい」
トーカティブだ。彼女の本名は不明で、偽名でトーカティブと名乗っている。綺麗な赤髪ロングの女性だが、とにかくうるさい。
「っていうか、遅刻ですよ遅刻! 何度も電話したのに!」 「いや、今日は会社には用はなくて」 「どういうことです!?」 「私が作っていた汎用腕型マニピュレータ、あれを回収しにきた」
私は周囲の壁を叩き、盗聴器がないことを確かめる。
「それと……これ、競合他社の開発中の兵器の資料です」 「母なるもの……!? こんなものどうやって!?」 「簡単だった」 「いや、そもそも会社サボって何をしようとしてるんですか!?」 「計画の資料ごと破壊しに行こうかと」 「はぁ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
うるさい。
「じゃあ行きますね、ああ、エンデュミオンは車で運ぶか、あと監視カメラをジャミングする装置も持って行ってと……」 「待ってください、一人で向かうつもりなんですか!?」 「着いてこないでくれ、巻き込みたくはない」 「大体、他社に本気で殴りこむつもりなんですか貴方は! どうなっても知りませんよ!?」 「既に一度やってるよ」 「えっ……やっぱり一人ではいかせられません! 私も行きます!」 「そうですか静かにしてくださいよ」
トーカティブは敬礼しながら大声で話す。
「わかりました!」 「うるさい、目出し帽、買いに行きますよ」
東京 工業地区 11時00分
車で私の家に戻る道を進む。 近くに工業地帯があり、そこの一つが人型を生産していた、あいや生産する予定の工場だった。 工場は無人化されていて、管理人や問題が発生した時の派遣くらいしかいない。
「さて、新兵器の効能はっと……」
バスン!と音が鳴ると、ここ一帯が停電する。どうやら送電まで止めてしまったようだ。
「あっちゃあ、これは失敗作ですね」 「おかげで少し楽が出来そうだ。トーカティブ、行くぞ」
工場の地図は頭に入っている。エンデュミオンは強化兵じゃなくても使えるようにしているが、自分の体が持つかはわからない。そもそもまだ制式配備していないとはいえ母なるものに私は勝てるのか不安だ。 母なるものが保管されている部屋までたどり着く。私はトーカティブに見張りをさせ、一人で部屋に入る。 既に母なるものは稼働している。遅かったか。いや、奴の意識があるまま殺せるのなら、むしろ間に合ったといえるか。 その姿は人間のように性があるような体つきではなく、天使を形容する方が正しい。とりあえず服を着せられている程度の、紳士とも淑女とも言い難い姿だ。
「おや、女性が一人、何の用でしょうか。」 「生まれてすぐで悪いが、お前を破壊しに来た」 「へぇ、人間が? 僕に? 思いあがるのも大概にしてくださいよ」 「フフフッ……」 「何がおかしいのですか、私は人類の為に作られた崇高なるサポートロボットです」 「お前がやろうとしていることは人類の為なんて立派なもんじゃない、十八歳の少女たちを一方的に嬲り殺したゴミクズだ」 「何言っているんですか?」
私はケースからエンデュミオンを装着し、走りながら殴り掛かる。不意を突かれた母なるものは吹き飛ばされ、後ろにあったカプセルが破壊される。
「舐めるなよ人間……!!」 「奮い立つか? ならば、私を殺してみせろ」 「貴様ァ!!」
母なるものが空中でカノンを複数展開し、私に向かって発砲してくる。私はスライディングして躱すが、地面が土でも芝生でもないので強化兵ではない体では非常に痛い。
「ぐっ!」
怯んでいる隙に母なるものから蹴りを叩きこまれ、壁まで吹っ飛ばされる。
「あはははは!! 弱いな人間! このままじゃ僕の勝ちだぞ!!」
しかし、入り口が開き、背を向けていた母なるものはトーカティブの拳銃によって両足を撃たれ、姿勢を崩す。
「ちょっと待ってくださいよ、二対一とか卑怯じゃないですか」 「誰が正々堂々とやるって言ったよ」
コンテンダーか? 実銃集める趣味でもあったのか?
<<円香、解析完了した、奴は私達が開発初期段階であるエンジェルを体に内蔵してます>>
馬鹿な、ライバル会社が先を行っていただと?
<<弱点は頭だけど……装甲が床に散乱している、これも動かせると考えた方がいいですね>>
私はその通信を聞いて床に散乱している装甲をエンデュミオンで叩き潰して破壊し始めた。
「二対一っていうのは卑怯だなぁ、先に貴女から死んでくださいよ」
そういうとトーカティブの方へカノンの砲門を向ける。私は後ろを向いた母なるものに対して走りこんでエンデュミオンでぶん殴ろうとする。 しかし、後ろを向いたままカノンを顔面に叩きつけられ私は横に倒れる。
「やっぱやーめた!!」
浮かんでいる装甲でトーカティブの射線を遮りながら私の顔面に拳を何度も叩きこみ、母なるものは笑みを浮かべる。 このままでは死ぬな。だがカノンを近くに持ってきていたのはこいつの誤算だった。私はエンデュミオンでカノンを持ち腹に向けてゼロ距離でぶっ放す。倒れこんだ母なるものは即座に起き上がるが、足と腹を撃たれたこいつの躰はいつ倒れてもおかしくなかった。 母なるものは距離を離し、私たち二人の射線を遮るように装甲を展開する。これではカノンも届かない。
<<円香、今から指定する角度に射撃してください>> <<? わかった>>
私は、指示された角度に向かってカノンを発射する。すると反対側から銃弾が飛んできたと思うと、カノンの砲弾で跳弾し母なるものに向かっていく。 エンジェルが撃ち抜かれたのか、装甲とカノンが地面に落ちる。あの状況で寸分違えなく撃ち抜くなんて物凄い射撃技術だ、トーカティブの経歴が気になってきた。
<<止めを!>>
私は守るものがなくなった母なるものの死にたくないという顔にエンデュミオンを叩きこみ、そのまま頭を握りつぶす。
「終わった……やったぞ……」
顔面が血まみれになった私はトーカティブの運転で病院に搬送されることになった。
会社には車に轢かれたと適当に嘘をついてトーカティブの報告を受けていた。
「一応、保険はおりるみたいなんで、色々兵器を持ち出したことは持ち出した証拠がないということで不問にはなりました」 「一応聞いておきたいんだが、どこ出身なんだ?」 「さぁ? どこでもいいじゃないですか」
経歴不詳の女性が民間軍事会社に勤めているのはいいのか? トーカティブは壁を叩いて病室に盗聴器がないか確認する。私はいかにも研究者ですという白衣を身にまといながらコンセントも確認する。
「ふむ、盗聴器はないですね」 「どうした、大事な話か?」 「大事な話ですよ、セールストークじゃなくて」
いつも笑みを浮かべているトーカティブの顔が真剣になる。
「三波ちゃんの話です」 「……」 「三波ちゃん、元気ですか」 「相変わらず引きこもりだよ、やはり人と話すのが怖いみたいで」 「それは確かに心配になりますがそっちじゃないです」
こほんとワザとらしくせき込み、目を見開く。
「日本国管理級陸海空全天候兵器監視保守運用人造人型生体端末、三波としての彼女、ですよ」 「まあ言ってしまえば国防の要ですよねぇ、凍結した計画を再起動させろって上司がうるさいんですよ」 「もう私の娘だ。それに彼女は自分の幸せをもう見つけている」 「そうやって飼い殺しにするんですか? 同じものをまた作れる保証はない、国は世界で起きているAI暴走事件に対応するために何でも使いたいんですよ。そのためには三波ちゃんに本当の事を話さないと」 「人外が人並みの幸せを持つのが、そんなに悪いことなのか」 「悪くはないですよ、別に。私は円香の味方でありたいですもの。でも私は中間管理職ってやつです、会社の意向に従わないといけない。いつまでもはぐらかせるわけじゃないですよ。今は予算がないしAI暴走事件の対処で忙しいからって言って突っぱねてますが、それが五年も続けられる保証、ありますか?」 「ないだろうな」 「じゃあ尚更ですよ」 「もう少しだけ」 「もう少しだけ?」 「もう少しだけ、偽りの幸せを彼女に与えてやってほしい」
トーカティブが去ったあと、少ししてカケル達が見舞いにやってくる。
「お母さん車に轢かれたんだって!?」
ミツルが駆け寄ってくる。
「こら、お母さんは怪我人なんだから、やさしく扱わないと」 「生きてて本当に良かった……」
カケルとミオが入ってくる。
「ミナミ、見てた。ママの怖い顔、思い詰めてた」
ミナミには隠せないか。彼女には戦いに関するあらゆる才能が備わっている。自覚はないが、センスや勘も一級品だろう。
「まさか自殺しようとしてたの!?」
ミツルが顔を近づける。
「しないしない、もうしないから。貴方達を残して死なないから」
思い起こすのはあの日の殺害現場。
だけど今は……幸せをかみしめていたい。
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