そこにあるイベリス
第9話 悠久の風

東京 とある病院 1月3日10時25分

「円香、三波ちゃんの件はどうするつもりですか?」

 トーカティブが病室に来て一言目がこれだ。病室なので声は抑えてくれているが。

「くどいぞ、三波は誰も渡さない」

 私は指をさして言う。

「強情ですねぇ……AI暴走は日本には無関係な問題じゃないんですよ。今こうしている間にもハッカー達が何とか正常に国が機能するように頑張っているのに、貴方は目先の幸せしか見ることが出来ないんですか」
「そんなのはわかっている、わかっているが」

 理解できるが、肯定はしたくない。

「ここで肯定したら、彼女の十二年を否定していることになる。それだけは、それだけはできない」
「はぁ……しょうがないですね、今月の報告書も適当に予算申請でっち上げておきますよ。ああそうだ」

 何か思い出したかのように人差し指を立てて言う。

「結局、母なるものガイアって何だったんですか」
「あれは……エリュシオン社が開発した人型汎用兵器のプロトタイプだ。一体の親機を基に子機を生産し、子機は独立して思考し、子機が学習したものを親機も学習する。仮にウイルスに汚染させれてもその子機を切り捨てればいいし、親機がだめになっても子機情報から親機をまた復元することが出来る、一機でも生き残っていればそれが親機になる。こうやって親機と子機が流動的に変化するという兵器だ。欠点は全てが駄目になったら駄目になるが……これが欠点じゃない兵器を探す方が難しいな。あと定期的に子機は親機に変化した情報を送っているが、緊急事態になると送信を停止する関係上、前回の送信から緊急事態になった時の情報が無駄になってしまう。またウイルスに強くするために子機同士でデータリンクを行っていないため個々が強くなければ各個撃破されやすい」
「待って待って、私より喋らないでください。セールストークは私の十八番なのに。大体競合他社の商品をなぜそこまで詳しく知っているんです?」
「夢で見た。永い永い夢を」
「夢、ですか」
「ありえないと笑ってくれてもいい、子機が作られる前に親機である母なるもの(ガイア)は潰したし、工場も電力供給がダウンして痛手を負っただろう、暫くはうちのシェアが上がるといいが」
「ふぅん。怪我、よくなりましたね」
「お陰様で」
「貴方、今何しているんですか?」
「家族と過ごしてる」
「家族と過ごしていてそんな絶望した顔を見せてるんですか?」
「いやいや、嘘は言っていない」
「どうだか、まあ母なるものガイアの件は咎めませんし、会社は何も知りません」


 トーカティブが去ったあと、娘達が見舞いに来る。家や学校であったことを楽しそうに話し、三波も一緒に笑っている。そうしてあれこれ喋ったあと、また明日と帰っていく。最近はその繰り返しだ。


 咄嗟に夢と答えてしまったが。
 ワイバーンはいくらかしたら出してくれと言って一週間も待つ奴ではなかったはずだ。つまり、あの時目覚めるまでに経験したものはあり得たかもしれない予知夢だったとしたら。信じ難いし、この理論には穴がありすぎるが。これが現実ということになる。
 正直オカルトには微塵も興味ないが、私はここにいる。今はそれだけでいいんじゃないか?
 とにかく、母なるものガイアを消すことはできた。
 つまり、まだ私にはやれることがある。
 人型の供給は潰した。あとはAI暴走事件の真相究明と、ある一人の人間の本性だ。忘れずスクラップを集める。
 そして、エリュシオン社のデータベースをクラックする。複数のサーバを経由しているのでバレることもないだろう。そして得られた情報を書いていく。
 AI暴走事件はある企業の不祥事によって生まれたと新聞には書いてあったが、どの企業なのかは政府によって隠蔽されていた。
 政府にハッキングをかけてもアナログ至上主義故にろくな情報を得られなかった上に手がかりすら怪しいと来た。エリュシオン社を疑ったが特に関連する情報は出てこない。
 これは、難しいな。


東京 朱雀山円香宅 4月3日23時55分

 コールが通信端末に届き、通話を開始する。通話相手はトーカティブだった。

<<こんな遅くに非常識だな>>
<<ごめんごめん、三波ちゃんが会社の近くで目撃されたっていうから電話したんです>>
<<何!?>>

 そう思い隣を見るといつも一緒に寝ているはずの三波がいない。

<<防犯カメラにはしっかり映っているんだけど、監視カメラの死角で消えてしまったんです。三波ちゃんのことで何か思い当たることはないですか?>>
<<いや……わからない、そもそも三波は私と一緒にしか外に出ない子だった筈>>
<<どうする、捜索願出そうか?>>
<<いや、私が出す。娘達には連絡しておくけど、無理はしないでほしいって言っておく。それじゃ>>

 戦闘機のエンジン音が轟く。こんな時間に飛んでいる……?

「大丈夫?」

 カケルが起きてきて心配そうな顔をする。

「ああ、問題ない、すぐ片付くから」


東京 ライジングゼロ社日本支部開発部 4月20日10時00分

「もう、三波ちゃんがいなくなって十七日か……」
「まだ探してるけど、一向に見つかる気配がない。東京はなんて広いんだ」

 そうしていると、監視カメラに見慣れた顔が映る。

「ワイバーン……」
「えっ、なんだって?」
「いや、何でもない」

 私は拳銃を持って外に出た。


東京 エリュシオン本社 4月20日11時24分

 銃の安全装置を解除し、裏口から社に忍び込もうとする。

「ワイバーン、お前のことを忘れてたよ」

 そうして裏口を開けようとした瞬間、背中に銃を突きつけられる。

「動かないで、拳銃を下に置いてゆっくりこちらを向いてください」

 私は銃を捨て、ゆっくりと振り返る。

「馬鹿な……!?」

 私はその顔に見覚えがあった。イベリス。強化兵のイベリスだ。

「朱雀山円香さん……なんでこんなところに!?」

 突然の邂逅に心拍数が上がる。

「私です、イベリスの聖真我里です! もしかして、貴方もクラインの壺に入り込んだんですか!?」

 違う。

「まさか、ち、違う」
「羽田空港には一個しか置いてなかった、つまり弊社のクラインを使って入ったんですね」

 違う。

「違う、ここは仮想現実じゃない、ここが現実なんだ! 私はここで四十年生きてきたんだ!」
「何を言っているんですか……まさか、仮想混同症イプシロン・シンドロームを発症して」

 違う。

「違う!!」

 イベリスはハッとなって通信端末を確認する。

「質問はやめます、隊長」
「私は二十分前にこの仮想現実に来ました」
「な……!?」

 そんな話があるか。

「待てよ……今日は、何日だ?」
「えっ、一月二十三日です。2040年の。」

 えっ、待てよ。そんなことが。そう思って私は通信端末を確認する。


東京 エリュシオン本社 2038年4月20日11時24分
東京??エリュシオン本社??二千三十八年四月二十日十??時二十四??
譚ア莠ャ縲?繧ィ繝ェ繝・繧キ繧ェ繝ウ譛ャ遉セ縲?莠悟鴻荳牙香蜈ォ蟷エ蝗帶怦莠悟香譌・蜊∽ク?譎ゆコ悟香蝗帛?


「そ、そんな……」

 その瞬間、地震が起き、空が徐々に近づいていく。酸素が徐々に薄くなりただでさえ混乱しているのにさらに呼吸がしづらくなっていく。そして区画ごとに街はバラバラになっていき、壊れていく。

「そんな……仮想現実内でタイムパラドクスが発生したから、マザーコンピュータの許容を超えてしまったとでもいうんですか!?」

 息が荒くなりつつも、私はあるところに電話をかけなければならない。

<<もしもし?>>

 カケルの柔らかい声が届く。カケルは生きている。

<<私だカケル! 街が壊れた今すぐ逃げろ! 二人はいるか!?>>
<<ミオとミツル? いるけど……逃げるってどこに? どうしたんですか?>>

 そうだ、逃げる場所なんてない。

「隊長……」
<<お母さん、今どこにいるんですか?>>


 私は。


 私は。


「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 娘達の不本意の出産、育児、入園、入学、表彰台、進学、恋、失恋、出会い、別れ、誕生日、喧嘩。海、山、遊園地、滝、温泉、公園、海外。
 不幸を塗ったくったような二十二年と、私に思い出をくれた十八年。そして、君たちのいない三年。


 私は。


「私は。本当の私は、現実にいるんだ。顔を変え、身体を捨て、その身が脳だけになっても。それでも君たちを守れなかった、現実に」
<<何言ってるんですか?>>
<<ママどうしたの?>>

 思い起こすはあの殺害現場。皮を剥がれた娘達。

「ミオ? 君たちを守ることが出来なくて、本当に悔しいよ」
<<ちょっとママ、死んじゃうの?>>
「私が……死ぬのか……? 違うだろ……君等が死んじまったんだ!!」
<<お母さん? 大丈夫?>>

 涙を拭い、懐から娘達の写真を出す。

「大丈夫だ、大丈夫」
<<ちゃんとウチに帰ってくるよね?>>
「うん、何があっても、家に帰るよ。遠い寄り道するかもしれないけど、皆元気でね」

 そう言って通話を切る。


「ごめんなさい、隊長。私……」
「いや、こちらこそごめん」

 バラバラになっていくビル。デジタルのノイズのように地面が徐々に消えていく。

「このままクラインから出れずに死ぬんでしょうか」
「さぁな……」
「日本って……こんなに美しかったんですね」
「ああ、本当に、素晴らしい夢だった」

「隊長。これまで何をしていたんですか?」
「幸せだったよ。家族と一緒にいて、好きなことして、謎を追っていた」

 ああそうだ。忘れないうちにやらなければならないことがある。

「人型について伝えなきゃいけないことがある」


「そんな! エリュシオン社って……!」
「ああそうだ、AI暴走事件も人型を生成していたのも業界最大手だったエリュシオン社。政府に隠蔽されていたが、ようやっと尻尾を掴んだんだ」
「まさか! じゃあ所在の責任って……」
「ああ、真犯人を探さないといけない。私は今弊社のサーバールームにいるが君は羽田空港だ。味方も多いしチャンスはある。オーナーたちがきっと君を救い出してくれる」

 世界が崩壊するにはまだ時間がある。私より判断力の高い人間ならいけるはずだ。そうすると目の前にパネルが表示され、そこには転送と書かれていた。

「なっ!? そんな、なんでだ!!」

 光の柱が生まれて転送されようとしている

「隊長!」

 私はとっさにスクラップをまとめた手帳をイベリスに投げつける。


旧首都東京 ライジングゼロ日本支部跡サーバールーム 1月23日15時20分

「おかえりーで、どうだった?」
「どうだったかな……なんだったかな……」
「泣いてるよ兄弟」
「ああ、すごくいい夢を見ていた気がする」

 私は、とっさに身を翻し、身体を動かす。

「ストレッチかい?」
「ああ、これからかなりの運動しないといけないからな、体を慣らしておかないと」
「なぁ、ワイバーン、いや」


「エリュシオン社CEO、迅雷 零」


 驚いた顔をするワイバーン。

「流石だ兄弟、なんでわかったかなぁ、知ってる奴はいなかったはずなのに。まあ私も暇だったから色々推論を立ててたんだけどね」
「答えろ迅雷。お前が人型戦争の主犯か」
「まあ聞きなよ兄弟、私の推理を」

「このメインコンピュータを色々探らせてもらったよ。それでその中には、わーお、君が弊社に送ったAI破壊ウイルス! これが何故か全世界に送られたって寸法だ! 政府はエリュシオン社の不祥事を隠蔽させてもらったけどね、AI暴走事件だけは不本意だった。やっと謎が解けた。君だったんだね。朱雀山円香さん?」

2020/04/23
2020/05/03:誤字修正
2020/05/22:サイト掲載


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