そこにあるイベリス
|
||
東京 とある病院 1月3日10時25分 「円香、三波ちゃんの件はどうするつもりですか?」 トーカティブが病室に来て一言目がこれだ。病室なので声は抑えてくれているが。 「くどいぞ、三波は誰も渡さない」 私は指をさして言う。 「強情ですねぇ……AI暴走は日本には無関係な問題じゃないんですよ。今こうしている間にもハッカー達が何とか正常に国が機能するように頑張っているのに、貴方は目先の幸せしか見ることが出来ないんですか」 理解できるが、肯定はしたくない。 「ここで肯定したら、彼女の十二年を否定していることになる。それだけは、それだけはできない」 何か思い出したかのように人差し指を立てて言う。 「結局、 トーカティブが去ったあと、娘達が見舞いに来る。家や学校であったことを楽しそうに話し、三波も一緒に笑っている。そうしてあれこれ喋ったあと、また明日と帰っていく。最近はその繰り返しだ。 咄嗟に夢と答えてしまったが。 東京 朱雀山円香宅 4月3日23時55分 コールが通信端末に届き、通話を開始する。通話相手はトーカティブだった。 <<こんな遅くに非常識だな>> そう思い隣を見るといつも一緒に寝ているはずの三波がいない。 <<防犯カメラにはしっかり映っているんだけど、監視カメラの死角で消えてしまったんです。三波ちゃんのことで何か思い当たることはないですか?>> 戦闘機のエンジン音が轟く。こんな時間に飛んでいる……? 「大丈夫?」 カケルが起きてきて心配そうな顔をする。 「ああ、問題ない、すぐ片付くから」 東京 ライジングゼロ社日本支部開発部 4月20日10時00分 「もう、三波ちゃんがいなくなって十七日か……」 そうしていると、監視カメラに見慣れた顔が映る。 「ワイバーン……」 私は拳銃を持って外に出た。 東京 エリュシオン本社 4月20日11時24分 銃の安全装置を解除し、裏口から社に忍び込もうとする。 「ワイバーン、お前のことを忘れてたよ」 そうして裏口を開けようとした瞬間、背中に銃を突きつけられる。 「動かないで、拳銃を下に置いてゆっくりこちらを向いてください」 私は銃を捨て、ゆっくりと振り返る。 「馬鹿な……!?」 私はその顔に見覚えがあった。イベリス。強化兵のイベリスだ。 「朱雀山円香さん……なんでこんなところに!?」 突然の邂逅に心拍数が上がる。 「私です、イベリスの聖真我里です! もしかして、貴方もクラインの壺に入り込んだんですか!?」 違う。 「まさか、ち、違う」 違う。 「違う、ここは仮想現実じゃない、ここが現実なんだ! 私はここで四十年生きてきたんだ!」 違う。 「違う!!」 イベリスはハッとなって通信端末を確認する。 「質問はやめます、隊長」 そんな話があるか。 「待てよ……今日は、何日だ?」 えっ、待てよ。そんなことが。そう思って私は通信端末を確認する。 東京 エリュシオン本社 2038年4月20日11時24分 「そ、そんな……」 その瞬間、地震が起き、空が徐々に近づいていく。酸素が徐々に薄くなりただでさえ混乱しているのにさらに呼吸がしづらくなっていく。そして区画ごとに街はバラバラになっていき、壊れていく。 「そんな……仮想現実内でタイムパラドクスが発生したから、マザーコンピュータの許容を超えてしまったとでもいうんですか!?」 息が荒くなりつつも、私はあるところに電話をかけなければならない。 <<もしもし?>> カケルの柔らかい声が届く。カケルは生きている。 <<私だカケル! 街が壊れた今すぐ逃げろ! 二人はいるか!?>> そうだ、逃げる場所なんてない。 「隊長……」 私は。 私は。 「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 娘達の不本意の出産、育児、入園、入学、表彰台、進学、恋、失恋、出会い、別れ、誕生日、喧嘩。海、山、遊園地、滝、温泉、公園、海外。 私は。 「私は。本当の私は、現実にいるんだ。顔を変え、身体を捨て、その身が脳だけになっても。それでも君たちを守れなかった、現実に」 思い起こすはあの殺害現場。皮を剥がれた娘達。 「ミオ? 君たちを守ることが出来なくて、本当に悔しいよ」 涙を拭い、懐から娘達の写真を出す。 「大丈夫だ、大丈夫」 そう言って通話を切る。 「ごめんなさい、隊長。私……」 バラバラになっていくビル。デジタルのノイズのように地面が徐々に消えていく。 「このままクラインから出れずに死ぬんでしょうか」 「隊長。これまで何をしていたんですか?」 ああそうだ。忘れないうちにやらなければならないことがある。 「人型について伝えなきゃいけないことがある」 「そんな! エリュシオン社って……!」 世界が崩壊するにはまだ時間がある。私より判断力の高い人間ならいけるはずだ。そうすると目の前にパネルが表示され、そこには転送と書かれていた。 「なっ!? そんな、なんでだ!!」 光の柱が生まれて転送されようとしている 「隊長!」 私はとっさにスクラップをまとめた手帳をイベリスに投げつける。 旧首都東京 ライジングゼロ日本支部跡サーバールーム 1月23日15時20分 「おかえりーで、どうだった?」 私は、とっさに身を翻し、身体を動かす。 「ストレッチかい?」 「エリュシオン社CEO、迅雷 零」 驚いた顔をするワイバーン。 「流石だ兄弟、なんでわかったかなぁ、知ってる奴はいなかったはずなのに。まあ私も暇だったから色々推論を立ててたんだけどね」 「このメインコンピュータを色々探らせてもらったよ。それでその中には、わーお、君が弊社に送ったAI破壊ウイルス! これが何故か全世界に送られたって寸法だ! 政府はエリュシオン社の不祥事を隠蔽させてもらったけどね、AI暴走事件だけは不本意だった。やっと謎が解けた。君だったんだね。朱雀山円香さん?」 |
||
2020/04/23 2020/05/03:誤字修正 2020/05/22:サイト掲載 |